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フェスティバルゲートで活動する4つのNPOの検証と未来に向けてのシンポジウム


第三回シンポジウム

第二部甲斐 2部は大人数で楽しそうな感じで始めたいと思います。まず、ご紹介から入っていきたいと思います。まずこちら(会場から舞台に向かって左)からremoの雨森と申します。新世界町会連合会会長、半田屋酒店の半田さんです。新世界町会連合会副会長、近藤さん。浪速区小売市場連合会会長、坂田さんです。ニコニコプロフォト、曽和さんです。南陽通商店街、通称ジャンジャン町振興組合副会長、大西たばこ店の大西さんです。よろしくお願いします。 二部はふたつに別れています。ひとつは、各NPOがこの界隈でやってきた動きをご紹介させていただきます。そして地元の方々に「あ、こんなんそういえば見た見た」ていうのを思い出していただけたらと思います。で、もうひとつのほうで、第二回シンポジウムのときに新世界アーツパーク未来計画実行委員会で考えた、「フェスティバルゲートをこういうふうに再生するのはどうや」ていうプランを、町内会のみなさまにまだちゃんと見ていただいてないので、それを見ていただきたいと思います。 ではひとつめ・・。うしろのスクリーンを見ていただきながらお話をすすめていきたいと思います。新世界アーツパーク事業が、新世界界隈でどのような動きをしてきたのか。まず最初に假奈代さんのところ、cocoroomですね。上田 この写真は、「大阪ジプシー」という催し物をやったときのものです。本編はフラメンコと朗読の舞台作品でした。それの路上篇は「新世界を歩きましょう」という企画なんです。この、ゴミ箱を犬のように連れている人は、じつは美術館のゲートのところで野宿生活を送っている橘さんです。私が朗読を薦めたら、朗読が大好きになって、いまココルームが受け皿になって、橘さんの朗読仕事を支援しています。これは玉出の滝。黒いダウンジャケットの男性が、大阪が大好きで、サラリーマンをやめて、大阪案内事業を始めた小田切さんで、ツアーの案内役をやっていただきました。ここも通天閣がよく見える場所です。この催し物はたくさん参加者がいらっしゃるんですが、ちょうど東京からたくさん詩人がやってきていて。その翌日にこの新世界ツアーにご案内しました。ツアーの最後には、環状線を渡って西成区に入りまして、識字学級「もじろうかい」という会を訪ね、交流をしました。「本日」と書いてあります。これは、年末に西成の三角公園で、日雇い労働者の方がお仕事がなく食べる物がないので、炊き出しなどがおこなわれる「越冬」という催事があるんですけれども、わたしはこの催しに自らかかわることができなかったので、勝手に「ひとり越冬」をしようと思って、西成区の自転車屋さんを二店舗借りてライブをおこないました。これがライブの風景です。これは自転車屋さんの支店でして、さきほど橘さんが当時お勤めだった自転車屋さんです。あ、このお店はなくなってしまいましたね。昨年はじめ、cocoroomで写真展をおこなったんですが、そのときのロケの写真です。これもそうです。すっぽんおばちゃんに話かけられました。以上です。甲斐 続きまして、remoの内部に事務局を置いている大阪現代芸術祭芸術まちづくり事業、ブレーカー・プロジェクトです。雨森ブレーカー・プロジェクトというのは、美術館とかギャラリーで作品を展示して鑑賞してもらうというような従来の方法でなく、参加型のアートプロジェクトとして、既存の美術システムにはおさまりきらない独自の表現手段で活動を行う4名の美術作家とともに新世界を拠点におこなったものです。その中から、得に新世界と関わったものをご紹介したいと思います。 ひとつめは2003年に恵美小学校でおこなった「かえっこ」というプログラムで、2回目のシンポジウムのゲストでも来ていただいた藤浩志さんが提案する「お金を使わない遊びのお店」、子どもがいらなくなったおもちゃを交換するというものです。これは、子どもとおとながいっしょになってこういう場を作っていくというしくみで、子どもの遊び場を様々な場に獲得するために考えられたプログラムです。子ども向けのパブリックスペースとして、去年の夏休みにはフェスティバルゲート4階のremoでは「ヌイグルミシアター」を二週間ほどオープンし、アニメ—ションの上映や様々なワークショップをおこないました。阪堺電車の恵美須町駅と車両一台を塗るというプロジェクトも行いました。フランス人のアーティスト、フランク・ブラジガンドを招聘しておこなったものです。次は新世界のみなさんにとてもお世話になりました、「ウクレレと歌留多で語る新世界」です。ここでは、「建築物ウクレレ化保存計画」と言って、ふだんは取り壊される建物の廃材からウクレレを制作する作家、伊達伸明さんと一緒に新世界の現存する建物をリサーチするというフィールドワークからスタートしました。半年ほどかけて約60軒ほど取材したんですが、そのなかで建物の歴史ですとか、お店の由来ですとか、いろんな思い出を聞きながら、特徴的なところを写真にとってウクレレ型に切り取ってカードにしたというものです。インタビュー内容からコメントの一部が読札となり、最終的に60組の新世界ウクレレ歌留多が完成しました。私自身も伊達さんといっしょに取材に同行してまわりましたが、わけの分からない私たちを子快く受け入れて下さって1時間以上も話して下さったり、家の中まで見せていただいたり、外からみているだけでは知ることはなかったであろう味わい深い新世界に触れることが出来ました。今回のシンポジウムに来ていただいているゲストの皆様の歌留多もあります。坂田さんのお店「塩乾サカタ」や「大西たばこ店」の歌留多。「半田屋酒店」さんは、今は倉庫になっているところなんですけれども、そこの流しのタイルがとても素敵だったので、そこを使っています。このプロジェクトで最初の取材をお願いする時に、伊達さんが普段されている仕事から説明して今回の企画内容を説明をするんですけれども、地上げ屋さんと間違われたり、なかなか理解してもらえないということもあったんですけれども、みなさん分からないながらも快くお話しをしてくださいました。 近藤さんのお店「麻雀ニュー三共」もあります。 今日も会場に来ていただいていますが、二回目のシンポジウムも来ていただいている小林さんのお店「ゲームセンターかすが」も。「喫茶タマイチ」の歌留多もありますが、タマイチの東田さんにも大変お世話になってます。 また「ニコニコプロフォト」、曽和さんのお店の歌留多もあります。 また、取材中にたまたまなんですけれども、取り壊し物件に出会いまして、近藤さんに協力いただいて、新世界厚生会館や通天閣下の歌謡劇場のウクレレを実際に作りました。伊達さんはこれまで30台ほどのウクレレを作っているんですが、いちばん派手なウクレレになっています。 次の年には、実際に取材をさせていただいた新世界の町をみなさんにもご紹介しようということで新世界をツアーするという「新世界ウクレレ遊覧」を企画しました。参加者20名ほどで、新世界の町を実際に散策、坂田さんのお店や、曽和さんの写真館ではお話をお聞きしたり、戦前からある古い映画館、公楽劇場や、国際劇場の前を通って、新世界の路地を抜けて、写真を撮ったり、買い物したり。普段はあまり紹介されていないような、新世界の味わい深い表情を堪能しました。 次は「野点」、きむらとしろうじんじんという陶芸家による移動式カフェ・旅回わりのお茶会です。2004年3月と2005年3月に、新世界周辺の各所で全11回おこないました。通天閣の下ですとか、ゲ−トボール場とか、市場と本通りが交わっているところですとか、地元の皆様のご協力をいただいて開催しています。警察の許可をもらいに行く時にも、連合会の半田さん、近藤さんにいっしょに行っていただいたり、今年は市場の空いている店鋪をリアカーの保管庫にお借りしたりと、いろんな場面で新世界の皆様には本当にお世話になりました。1年目よりも2年目の方が地元の方の参加や応援してくださる方も増えましたし、ちらしをお店に置いていただいたり、貼っていただいたり、ウクレレや野点では得に新世界に関わって継続的にプロジェクトを行っていくことで地元の方々との関係を少しずつ築いていけたのではないかと実感してます。大谷 これは「コンテンポラリーダンスin新世界」という、わたしたちがこの町に来た次の年から始めた、町のなかでダンスを踊るというものです。これはスパワールド階段下で、今年は階段下だけだったのですが、去年は新世界の本通りでもやらせていただきました。そのときに警察の許可をとるときに、近藤さんにはすごくご協力いただきました。だんだん警察も、「なんやわからんもん」から「なんやちょっとだけわかるもん」に変わってきたなというのが、この3年やってきた現象かなと思っています。 これは一年目の、いろんな4つの場所をまわりました。フェスティバルゲート、スパワールドの階段下、市立美術館前、そして通天閣の下の王将碑の前で、エメスズキさんという人が踊ったときの写真です。これは「dbフリークス」という、二ヶ月に一回ダンスボックスの劇場でおこなわれている催し物をご案内しているちらしです。新世界の風景とそこで二ヶ月のあいだに何かを発表するアーティストと写真家がコラボレーションするというかたちで、毎回表紙を新世界の町で写真にとっています。 いちばんはじめの写真は、右から二人目、三人目は、この8月の末にダンスボックスで公演する、「La Manga」というメキシコから来たアーティストです。右側の人は「先生」と呼ばれている人、右から4人目は橘さんという詩人で、いわゆる野宿生活をされている方です。「La Manga」という二人はメキシコだけじゃなくて、ニューヨークやいろんなところで、障害のある人、野宿生活をしている人、刑務所等々、社会の中からあぶりだされてしまった人たちの話を聞くなかで自分たちの作品を作っていくというアーティストです。彼女たちは今、京都芸術センターにレジデントしているんですが、京都にはひとりもホームレスがいない、でも大阪にきたらたくさんいる、それはすごく大切なことだ、と言っています。これ僕はすごくいい写真だなと思うんですけれども、こんなにあっけらかんとした明るい、青空のようないい笑顔がみんなできるんだということを感動しました。こういうかたちでも地域ともかかわっています。 次、これは公楽劇場ですね。 これは、「パーク温泉」です。 あとダンスボックスに関しては、コンテンポラリーダンス・ツアー・イン新世界という、さきほど申しましたけれども、新世界の町も知って欲しいしダンスも知ってほしいということでやったプロジェクトのビデオです。二分程あります。 これはNHKが撮ってくれたビデオなんですけれども。 これが出発点であるフェスティバルゲートのところ。このときはツアー参加者が80人ほどいまして、いろんなところからいろんな人が見に来てくれました。「変なダンスだけど気持ち悪くないですか」と聞かれて、「とっても幸せです」って彼は答えています(会場笑)。 どういうわけか、「コンテンポラリーダンス・ツアー」あるいは「in 新世界」は天候にたたられまして、一年目は大雨、二年目は大雪の日だったんですね。このときは観客の人もツアー客の人たちも自分たちも踊りながらツアーをするという。大学の先生とかも入ってますけれども。 「これもコンテンポラリーダンスですか」ってアナウンサーが聞いてるところです。で、まあ「そうでしょう」と。わからないですけれども。なんでもいいんです。すごく大雨だったんですけど、ずっとジャンジャン町とか美術館とか通天閣をまわって、非常におもしろい地域だというのがわかってもらえたというのが、僕らにとっても嬉しいことでした。 これはスパワールドの前だというので、バスローブで踊っているところです。「クルスタシア」というグループですけれども、今はカナダとかフランスと海外で活躍しているアーティストが、新世界でも踊っているという。 これはアナウンサーが「どうでしたか」と聞いて「うーん、大変な雨で水が滴って衣装が重くなって大変だった」というようなことをしゃべっています。 これは「コンテンポラリーダンスと新世界の町ってどうですか」と聞かれて、僕が「非常になじんだと思います」みたいことをしゃべっているところです。 3年間やっていますが、年々お客さんが増えてきていて、地域の人以外の人たちだけではなくて、地域の人たちもこれを楽しみにしてくれつつあるかな、と思っています。今後は、地域がやっている催し、たとえば区のフェスティバルとか、僕らがお邪魔してお手伝いできることはないだろうか、と思っています。

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