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曖昧な社会人になるための働き方思案


第3回 プロの仕事とプロでないシゴト(後半)

■分離させるか、折り込むかもっともブロガーの場合はその内容が他の2人とはかなり異なるかもしれない。男前とフランス好きが「プロとしての社会性」と「それ以外の社会性」を分離させようとしているのに対し、ブロガーは「それ以外の社会性」と「プロとしての社会性」を互いに折り込むような方法をとっている。つまりブロガーにとってそれらは相互関係にあって、むろん両立のための多少の労力が必要であるにせよ、互いが反発しあうようなものでは決してない。仮に残業する同僚を横目に意気揚々とオフ会に出かけていったとしても、それに代わるの何かをブロガーが会社に持ち帰る可能性がある。この場合の可能性とはすなわち周囲の期待であり、つまりブロガーの自由はそうした期待の上になりたっているとも言える。それと比較して男前とフランス好きは周囲のあきらめの上に成り立っている。もちろん実際にブロガーのように振る舞うには、「プロとしての社会性」はもとより「それ以外の社会性」の部分でそれなりの結果が求められる。また2つの社会性を互いに折り込んでいくということは、「それ以外の社会性」の中にも「プロとしての社会性」が侵入してくるということでもあり、場合によっては違うストレスを引き起こす可能性もあるだろう。この点においてバランスが保つことが出来れば、実際の仕事における折り合いの部分でリスクは少なくて済むかもしれない。とはいえ折り込むことが必ずしもいい解決策かというと微妙で、もし仮にあなたが周辺への負担とそれにともなう自分への冷たいまなざしを全く気にせずにおれるならそんなしち面倒な手続きなど一切踏む必要などない。ちなみに2つの社会性を互いに折り込んでいく方法は、すでに一部の先進的な会社で実践されている。今やIT系技術者の憧れの的であるGoogle社は、会社の中に社員のプライベートを積極的に取り込むことで快適な労働環境を作り上げ、その代わりに徹底した結果を求めることで知られている。またアウトドア用品メーカーのpatagonia社は、社員のアウトドア活動を積極的に推奨し、そこで得た経験や具体的なデータをフィードバックさせるように求めている。これら2つのケースは、まったく逆のアプローチではあるが、いずれも社員の「それ以外の社会性」を会社が積極的に認めることによって何かしらの利益を生み出そうとする試みである。■難しければ、こっそり両立少し横道にそれたが、とにかく分離するにせよ折り込むにせよ、「プロとしての社会性」と「それ以外の社会性」を両立させて仕事をすることは状況から考えるとかなり面倒かつハードルの高いことだ。それなりの時間や労力が必要だし、そもそも図太さや無神経さといった素質も問われる。場合によっては目に見えるカタチでのリスクを背負わされて、結果的に会社を追われたりするかもしれない。繰り返すが、仕事において実際に求められるのは「プロとしての社会性」であって、「それ以外の社会性」など本当にどうでもいいことになっているのだ。そして何よりその事実に対してこれまで多くの人たちが結果的に同意してきたのである。いまさら何を言ったところで「自業自得」でしかない。ならばいっそのこと「プロとしての社会性」だけを信じ、与えられた仕事をガンガンこなしていくことの方が懸命だという考えもある。懸命というか、ある意味確実に楽ではあるだろう。仕事さえやっておけばほとんどが許される状況において、もはやその方法は無敵にも近い。デートをすっぽかそうが、親の死に目に会えなかろうが、「仕事だから」という理由でおおよそ全てが許される。考えようによってはこれほど楽な話はない。もちろんこんなモノ言いは私なりの精一杯の皮肉だが、実際のところ多くの人が仕事において「それ以外の社会性」を放棄している現実を考えると、あながちそれも間違いでもないのかもしれない。ただ、逃げ道というか、そんな中にいてもこっそりと「それ以外の社会性」を隠し持つ方法もある。これは私が以前執筆していた雑誌の編集者が教えてくれたやり口だ。彼はその仕事がら、寝ている以外の時間は家庭もほっぽり出して仕事をしているような人物に見えたが、実はそうでもなかった。彼は会社に行って、メールを確認し、編集室のホワイトボードに「取材」と書いて、そのまま家に帰って子供を動物園や遊園地に連れて行くのだ。ちなみに彼はそのこと笑いながら「折り込み済みです」と笑いながら話すのである。

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