天井からモビールのように釣り下がった円盤状の作品が振動して、微細なノイズを奏でている。ここまでなら小杉武久の《レゾナンス》と同じだが、円盤の向きがアトランダムに回転することで、音の飛ぶ方向がどんどん変わっていき、二度と同じ音像が現れることがない。いわば音のモビールである。音を担当したのは70年代末イギリスの伝説的ノイズバンド、スロッビング・グリッスル。2007年に再結成したので、そのときに作った音源なのかもしれない。
ケリス・ ウィン・エヴァンスはキャリア的に面白い人で、もともとポップカルチャーの文脈にいて、そこから美術に移ってきた人だ。ウイリアム・バロウズやブライオン・ガイシンのようなビート系作家と交流があって、ガイシンの手になる瞑想装置「ドリームマシン」についての実験映像を、デレク・ジャーマンと一緒に作ったりもしている。つまりバロウズにおけるカットアップ、ガイシンにおけるドリームマシンのような、情報や知覚の組み替えから生まれるイメージに、ずっと興味を持ってきた人である。この作品も「音の位相の偶然による組み替え」という意味で、同じ文脈で捉えることができる。
彼は90年代にYBA (Youg British Artists)、つまりデミアン・ハーストらと同じグループの一員として、美術界に入ってきた人だ。先頃、金沢21世紀美術館で展覧会があったロン・ミュエックも、もともとはセサミ・ストリートのマペット職人から美術界に転じたYBAの一人だった。こういう人を次々に引っ張ってきたYBAの仕掛人、チャールズ・サーチの眼力は本当にすごいし、それを買い支えたイギリス人の感性もすごいと思う。日本のアートシーンはまだまだ20年遅れだ。
ケリス・ウィン・エヴァンス &スロッビング・グリッスル「A=P=P=A=R=I=T=I=O=N」2008年Installation view at Yokohama Triennale 2008Photo: Norihiro UenoCourtesy of the Artist and Jay Jopling / White Cube, London