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新演出が映す脚本の確かさ 西尾雅
「再演博」と謳うからにはただの再演に終わらないアイディアが楽しみ。取りを務めるワイアーは2人芝居をオリジナルと新キャストのWバージョン、basicのbプログラムとadvancedのaプログラムを交互に上演。初演は00年の後藤と三好の自主企画、ちょうどクロムモリブデンからワイアーが分離した頃。

両プログラムの差は演出以上にキャストの違いが大きい。後藤+三好組は大人の女性チーム、しっかりした台詞回しでテーマをストレートに伝える。小柄で幼なさを残す小中+帰山組は、今風のぶっきらぼうな口調から逆に内面のせつなさを感じさせる。前者は幕に影を映し鏡を使う古典的かつ文学的な演出、後者はモニター映像とサンプリング音響をミックスするいつものワイアースタイル。好みはあるが後者の派手さが逆に内面の孤独を強調し、ワイアーらしい安心感もある。後藤と三好にアテた脚本の普遍性も同時に証明する。

あき(後藤/小中)が帰るや、大家に鍵を借りたという姉(三好/帰山)が既に在室。連絡もしないのに姉は引越し先を突き止めたらしい。居座る様子にあきらめ姉を受け入れる。かつて姉が隣家の猫を薬殺した時、あきまでがイジメを受け転宅をしいられた。それ以来あきは引越しをくり返す。転々と変えるバイトと住所。居場所を求めて漂流するかのように。夜空の暗さを恐れるあきの窓をネオンが照らす。奇妙なことに、階下の空き部屋からノックが聞こえる。それは、彼女自身の迷いと不安の木霊なのだ。

子供の頃、正反対の性格の姉をあきは嫌うが口に出せず、寝ていた姉にカッターナイフを向ける。傷つけるには至らなかったが、代わりに姉の大事なぬいぐるみを切り刻んで捨てる。やがて子供をもうけた姉は結婚生活に悩み、あきの部屋で自殺する。目の前の姉は、あきに投影された死んだ姉。正反対なのにどこか似てしまう姉妹。相手を嫌う理由は、お互いが見え過ぎること。対立する姉は鏡に映る自分なのだ。

オリジナル版の演出では、鏡面の反対側に月をデザインした鏡が使われる。月はいつも同じ面を地球に向けることから鏡の裏面、つまり人が自分の内心に気づかないことが暗示される。新演出はモニター2台を合成して1つの映像を映し、あるいは別な2つの映像を流す。それは姉と妹2つに対立する自我が分裂と融合をくり返すかのよう。

星を形作る分子と生命のDNA組成の元は同じ。ならば、人は星のカケラ。けれども、今私たちに見える星は、ようやく地球に届いた過去の光でしかない。光速で膨張する宇宙の果てを誰も見ることはできない。私たちは未来を予見するどころか今の星すら見えてやしない。ならば、姉の指摘どおり「見えないものは存在しない」と確信しよう。私たちこそが「今」を生きているのだと。


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■ウイング再演博
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