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おもしろうてやがて哀しき 西尾雅
アイディアをカタチにするまでの努力に頭が下がる。アドリブに見える新感線のギャグが稽古を積み重ねたものであることはよく知られているが、ヨロキカ(ヨーロッパ企画)にも緻密な計算が張り巡らされている。ニート感覚のゆるい会話とゲーム感覚の知的パズルの融合がヨロキカ最大の魅力だが、近未来長屋風の舞台ビジュアルと社会批判たっぷりの痛烈な結末は、笑いをウリにした劇団が拓く新境地。映像とのコラボでも演劇の最前線を行く。ラスト近くで映画のエンドロール風の映像が流される。舞台本編の続きで舞台の前フリと連動したオチが笑いを倍増。映像収録時に舞台プランは既に決定されており、そこからの逆算が効果を上げる。

幕なしオープンセットのままで開演する小劇場公演が最近ほとんど。本作は当初、舞台が幕で隠されており、幕に映像が流れる。近未来の下町、かつての香港九龍の貧民屈を思わす住居ビルが再開発で取り壊しに。立ち退きを説得する担当役人同士の会話が劇場内に流れ、映像の下町風景がズームインして幕が開く。壁のように立ちはだかる部屋の密集ぶりに客席からは驚きの声。集合住宅の蜂の巣状の各部屋、その住人の生活スタイルに上司と部下2人の声が解説とツッコミをひとつひとつ入れる。「Windows5000」はそれほど多いスラムの窓数、その各部屋を覗く秘密ソフトの暗号名を指す。

貧しく個性的な部屋と住人。縦長や横長タイプさまざまだがどこもほぼ1畳の狭さ。描けない半素人マンガ家あり、現実逃避するサイバーおタクあり、自転車で寝場所ない立ち寝サイクリストあり、大音響迷惑なベース奏者あり。超狭空間で洗濯物干しや扉の開け閉め、寝相にも各自工夫をこらす。中には同棲カップルやアジアンな外国人女性も。トイレも共同のここでは冷蔵庫のある台所が唯一コミュニケーションの場となる。

似たシチュエーションを思い出す。それは貧しい共同生活で起こる挿話を笑いに転化したカクスコの世界。アコースティックギターとアカペラが奏でる心暖かなフォークの残像。青春の笑いの奥にはほろ苦さが隠されているものだが、カクスコの振り返る過去は甘酸っぱく、近未来のここでは厳しい現実が立ちはだかる。

住人のゆるゆる生活ぶりとそれを評する役人2人(中川晴樹・酒井善史)の掛け合いコメントが笑いのキモだが、2人がそのアパートに移住し、立ち退き工作に乗り出してから物語に深みが増す。2人は声だけの出演から実際舞台に登場し、彼らの説得によって町内ピクニックの全員参加が実現する。覗き行為で住民間のトラブルを客観的に知ることの出来た彼らなればこそ可能なアドバイスが住民を融和する。非法行為が善行につながる皮肉。正体を隠した役人のピクニック誘致で、コミュニケーション不在の住民が団結する姿は感動ものだが、これが後で泣きをみるはめに。

ピクニックシーンが映像で流された後、再度幕が開いて、衝撃のエンディングを迎える。キレイに片付けられた舞台上には、部屋は建物ごと取り壊されて跡形もなく立ち入り禁止の表示があるのみ。不法占拠状態だった住人は再開発の名の下、ピクニックの誘惑でまんまと部屋を明け渡す。生活感あふれるセットが数分間で消えた現実に観客も住人同様に立ち尽くす。

通信傍受されてプライバシーが筒抜けになる不気味さ、不法占拠が強制退去になる管理社会の怖さを戯画的に描く。最も怖く、しかも最も笑えたのは、住人を監視する役人2人がしだいに住民に情を移し、けれど最後はわが身の安全を選んだこと。第三者ならではの気遣いで住人間のトラブルを仲介した彼らの善意も徒労。結局は住む場所を奪うことになるのだから。好意あふれる役人根性の矛盾。住人は路頭に迷い、小役人はお役目と良心の間で揺れる。彼ら全員がせつなくて可笑しい、笑いつつやがて滅入るほどに。

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