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あざやかな構成の会話劇 西尾雅
05年秋のオープンから1年以上過ぎても兵庫県立芸術文化センターの観客動員は順調のようだ。芸術監督・佐渡裕の人気のおかげとも聞く。関西にこれだけクラシックやオペラのファンがいたのかといううれしい悲鳴が盛況を伝える。大中小の3ホールで室内楽や民族音楽、ダンスやファミリーコンサート、ワンコインコンサート(なんと¥500でクラシックが楽しめる)、落語まで幅広くレパートリーを揃える同館は、県民のための芸術拠点として見事なテイクオフを飾ったといえる。ただ芸術監督・山崎正和の顧問退任(06/9)もあってか演劇の公演数が少なくなっているのが気がかりだ。

ご存知のとおり、震災で劇場建設が遅れたためにソフト先行事業として続けられてきたひょうご舞台芸術はこれまでに数々の演劇賞を受賞、良心的な作品を提供してきた。「二十世紀」「芝居」(以上、作:山崎)「パウダア」(作:菱田信也)といった国内の作品もあったが、主に海外の新しい戯曲をいち早く紹介することで定評があり、とりわけ「GETTO」「エヴァ、帰りのない旅」「ニュルンベルク裁判」など戦争という究極の状況下で人間を見つめた作品に肺腑をえぐられたものだ。

残念なことに、91年以来のひょうご舞台芸術は今回の「ブルックリン・ボーイ」で幕を閉じる。有終を飾るにふさわしい戯曲そして役者の熱演、熱いカーテンコールも受けたが、千秋楽のその日も中ホール(800席)の客数は6割どまり。連綿と続く観客の少なさ(新神戸オリエンタル劇場で客席が2割しか埋まらない公演もあった)がひょうご舞台芸術の発展を妨げたのなら、観客のひとりとして力のなさを痛感する。

エンタメ系小劇場が1ケ月のロングランを打つ(それも大好き!)今の時代に、真面目なテーマはふさわしくないのか。あまりに重いテーマは逃げ出したくなるし、喧嘩腰の台詞のやり取りに胸つぶれてひょうご舞台芸術を敬遠したいことも正直あった。実際、2割しかいない観客のほとんどが中高年層で、その半数以上が芝居についていけず公演中熟睡していたこともしばしば。それでも!!それでもだ、ハコモノとよくいわれる行政が、ハコより先にソフトの充実を支援していた事実はいつまでも記憶しておかねばならない、と強く思う。

ニューヨークのブルックリン地区(ユダヤ系住民が多いらしい)出身の売れない作家が3冊目に書いた自伝的小説「ブルックリン・ボーイ」(ブルックリンに反発して家を飛び出す少年が主人公)でブレイク、降ってわいた人気にとまどう彼と病床の父親、幼馴染、別居中の妻、ファンの女子学生、映画プロデューサー、主演候補の俳優との対話が綴られる。独立した2人もしくは3人芝居を時間経過とともに場所を変えて積み重ねる構成が実に見事だ。

母親を早くに亡くし、作家を志望して実家を出た作家エリック(浅野和之)は久々にブルックリンに帰り、余命短い父(織本順吉)を見舞う。病院内で偶然幼馴染(石田圭祐)に再会するが、昔から変わらずこの地に住み続ける幼馴染との違和感を互いに強く感じる。別居中の妻(神野三鈴)の元に自分の荷物を引き上げるため訪ねる。彼女に未練を残すエリックはもう一度やり直そうと口説くが妻は耳をかさない。同業者でもある彼女は作家としてのスランプと不妊治療のダメージで傷ついている。

ベストセラー本のサイン会に来たファンの女子大学院生(月影瞳)を、エリックは宿泊先のホテルに誘う。彼女は有名人目当てで近づいて来たのだが、父親の浮気で両親は離婚、複雑な家庭を抱えた事情が背景にある。売れず仕舞だった彼の前作からのファンであることを知ったエリックは、何もせずに彼女を帰らせる。

本を映画化するプロデューサー(阿知波悟美)は調子がいいが、彼自身が脚本化したシナリオにはしっかりダメを出して骨抜きにしてしまう。プロデューサーお気に入りの主演候補はマッチョなアイドル(今拓哉)で、エリックは原作のイメージに合わないと思うが言い出せない。

サイン会や映画化の打ち合わせで多忙だったため父を看取ることが出来なかったエリックがようやく葬儀を済ませ、実家で荷物を整理している。幼馴染が死者の霊を慰めようとユダヤ式のお祈りに来るが、宗教を嫌うエリックは追い返す。遺品を整理している彼の元に父の霊が現われる。生前は息子と打ち解けなることがなかった父もまた葛藤を抱えていたのだ。知的で本好きな妻と対照的に本など触れることもなく仕事一途だった父。妻が息子に期待する陰で父は自分の息子に嫉妬していたのだ。

本嫌いの父が、息子のベストセラー小説に目を通したと語る。幼馴染もまた作中の人物のモデルが自分であることを誇らしげに思う。ブルックリンがユダヤが父が嫌いでそこを脱出したはずのエリックが、何のことはないいちばん故郷ブルックリンにとらわれていたのだ。

登場人物の誰しもが何かにとらわれ、動けないでいる。父親は夫と父の間で苦しみ、妻も理想の作家で妻そして母になろうとしてなれない自分に悩む。父親に反発しながら同居し離れることのない女子学生も矛盾を抱えている。

現実から脱け出したいという欲求が、ときにベストセラー小説を生むこともある。けれど、それはハードルの高さに苦しめられている事実の裏返しでもある。人は誰もが故郷を持ち、死ぬまでその地にこだわり続ける。脱故郷という目標の終着駅は、結局故郷でしかないのかもしれない。幸福の青い鳥が最後に自分の家で見つかったように。

シリアスなテーマながら会話は軽妙で、両者の思惑のズレが終始苦笑いを呼ぶ。爆笑にはほど遠い大人のせつなさあふれるものだけど。やり手の映画プロデューサーがエリックに俳優を紹介する場面のみが3人芝居。ノリノリのプロデューサーと俳優の前でエリックは困惑したまま、そのとほほな姿は無心に笑える。コメディの硬軟切り替えも巧みだ。

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