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育むもの 平加屋吉右ヱ門
京阪電車の丸太町駅を降り、鴨川を渡り暫らく歩くと、土曜日の午後は人通りは疎らで、落ち着いた佇まい。所々に民家を改造したカフェが、このごろの学生街らしい空気を漂わせている。程なく今日の会場が見えてくる。会場に入ると、舞台の左手上段に土で作られた仏様のようなゴーレムが、蔦を体に巻きつけて草むらの中に静かに座っている。そこへ、テレビ局の撮影隊が、当地出身のプロ野球選手の故郷を訪ねるという企画のために訪れている。選手の生まれた町や小学校を撮影したあと、彼の野球の原点、ゴーレムとのキャッチボールをした広場に案内される。しかし今、ゴーレムはあまり動くことがなくなったという。選手にとってゴーレムと過ごした少年時代は何の不思議もない日常生活。しかしこの土の塊と野球をしたという選手の言葉を放送局のクルーたちは誰も素直に信用できない。ゴーレムとの生活を例え話として理解しようとする。その内、撮影クルーの一人から、子供の頃、ペガサスを見たという話を打ち明けられる。もちろん、それこそ作り話として一笑される。いくらお芝居の中だとしても、我々観客すら受け入れがたい。目の前にあるゴーレムですら信じられないのに、ましてペガサスなんて。観客は何時キャッチボールのためにゴーレムが立ち上がるのだろうと目を凝らすばかり。

ゴーレムを科学的に研究している科学者が、ゴーレム探知機を持って現れる。センサーを当てると大きくふれる針。さらに、今もゴーレムに育てられている少女の存在が分かる。舞台の下段は地下にある少女とゴーレムの家。少女もゴーレムとの生活を普通の事として語る。ゴーレムは土の壁に埋もれた一方のコントローラでテレビゲームをして少女と遊んでみせる。いかにも上田誠らしい説得力。このあたりに来ると観客も、ゴーレムと野球の選手や少女との交流が自然な世界に思えてくる。

ゴーレムって何だろう。劇中に出てくる野球の選手と少女にとって、ゴーレムの”様なもの”ではなく、ゴーレムその物であるということが繰り返し語られる。上田誠の意図なんだろうが、敢えて私は何かに例えたくなって来る。育ててくれた祖父母。田舎の山や川、海。古代、人間の周りに普通に存在した神様や精霊たち。すべて、もう昔のようには自由に動きまわることさえ困難になっている。

今年のサミットは環境の問題が大きくクローズアップされている。異常気象がこの何年も続き、温暖化で北極の氷が急激に減少していると聞く。人間のこれまでにない規模と影響力による環境破壊によって地球の自己回復能力は、危機に陥っている。そんな人間でさえも、受け止め生き永らえさせてくれている地球。ゴーレムからこんなに色々なことを自然な形で説得力を持って考えさせられたことが気持ちよい。

ヨーロッパ企画の面々がこの歴史と自然に囲まれ、かつ現代に続く大都会の一つ、京都の町で育まれたことが、このお芝居の向こうにしっかりと見えてくる。劇場を出て駅に向かう途中、遠くに見える東山の山々の向こうを、ペガサスが駆け抜けたのが見えたような気がした。


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