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再生を願う女性たちの花園 西尾雅
劇団「虚空旅団」は前身を「逆境VAND」と称したが、どちらの命名にも主張が強く感じられる。欲得中心のせちがらい現実に抵抗しつつ、ささやかに理想を追い続ける信念と詩情がうかがえる。作・演出の高橋恵(前ペンネーム:高橋あやのすけ)はOMS戯曲賞最終選考に3回選出され、昨年11〜12月のAI・HALL自主企画「フローレンスの庭」の脚本(演出:岩崎正裕)を担当した目下注目の演劇人だ。

本作は、DVに悩む女性たちの避難所を舞台に、今も現実に起こっているであろう事件や被害女性たちの心理をきめ細かく描いている。新聞家庭欄の投稿あるいは女性誌の告白を思わせる内容は、おそらく綿密な取材がなされ、それを再構築したものだろう。きわめてジャーナリスティックな作品だが、TVのルポや新聞記事より演劇がすぐれている点は、目の前で演じられるリアリティにある。

弁護士・岩谷すみれ(中條睦子)の紹介で、暴力をふるう男たちから逃げ、仮住まいの避難生活を送る女性たち。マンションの屋上は彼女たちのちょっとしたコミュニティスペースであり、そこで花や野菜、ハーブをプランターで育て収穫する場でもある。花や野菜の種類が多いのと同様に、彼女たちの置かれた立場もさまざまだ。

新入りの朝美(得田晃子)は妊娠中なのに夫の暴力で手を骨折、しかも治療にすら行かせてもらえず後遺症を残す。他に、離婚調停が成立したものの子供の養育費で係争中の奈緒子(守時由希子)、子供に会いたいとの理屈で未だストーカー行為を続ける元夫に困惑する純(守島麗子)らがいる。ワインとタパスが名物のスペインバル(居酒屋)を経営する絹江(松中清美)と腎透析に通う幹夫(赤鹿充翁)姉弟も仲間だ。

事情はそれぞれに深刻で、奈緒子の元夫は自分の子供など忘れたかのように再婚相手と乗る新車のローンのため、養育費の減額を申し立てている。復縁を迫る元夫の執拗さに純もまいっている。絹江の彼氏は母国スペインに帰国、文通を欠かさぬ仲の良い2人だが、一緒に暮らす希望は病弱な弟を抱える彼女には無理な相談だ。すみれ先生は、屋上から下を見ていた朝美を引き離す。かつて屋上から飛び降り自殺した女性が、彼女に今も禍根を残す。

日常的に暴力をふるわれ人格を否定され続けるうち、それに麻痺してしまう。まさにそういう状態にいた朝美が骨折を機に異議を唱え、家を飛び出す。警察に被害届けを出し、離婚を求めて戦う彼女の姿を通して、家庭内暴力の実態や理不尽な裁判の現実、それにくじけず自立していく女性が描かれる。「強い」彼女たちと対照的なのが、暴力に訴える男性の卑怯さやずるさ、つまり自信のなさだ。ふがいない息子に加担する朝美の義母もいわば共犯者、同性を虐待する嫉妬が問題を深刻にしている。

診断書があるにも関わらず、朝美の夫の傷害罪は裁判で否決される。体調不良で幹夫は入院、絹江は看病のため店を休業する。奈緒子の養育費は半分に減額され、純の身にも悲劇が起こる。タイトル「冬のトマト」は、厳しい環境に置かれればより糖度が増すトマトの耐性に、厳しい現実を抱える彼女たちをなぞらえたもの。枯れる鉢もあるが、越年する植物に彼女たちは自分の再生を託している。

絹江の絶叫で純の危急が告げられ、本作は終わる。そのシーンは観客に明かされないが、おそらく無理心中を図る純の元夫が彼女を刺したのだろう(幸い大事には至らなかったらしい。だが、男がキチンと後追い死する勇気があったかは疑問だ)。どこまでも傷つけられる女性、血塗られたトマトがその苛酷さを象徴する。

ここは基地が近く、訓練中のジェット戦闘機が轟音をとどろかす。日常に突然襲い来る音の暴力は、平穏なはずの家庭内で暴行され、そのトラウマが癒えない彼女たちの恐怖そのもの。そして戦闘機は暴力へ駆り立てられる男たちだ。

同じ空を飛びながら、屋上の花や実をついばむ鳥の何と自由なことか。ここは彼女たちの一時の避難所、鳥たちの永遠の楽園サンクチュアリなどではない。渡り鳥のように次の地へ飛び立つ日が、彼女たちにも来ることを願わずにはおれない。

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