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あきらめられない、お話 松岡永子
天井から下がった無数の紐によって視界の遮られた舞台。西日を浴びながら包丁を研ぐ男。それを窺う女。と、別の女の声。「あなた、不気味よ」
高台の団地の一室。父親の死後、この部屋で一人暮らしている母親が入院した。父の一周忌の予定で集まっていた長女ひさ(内田)勇人(工藤)夫婦、次女けい(福島)幸一(伊達)夫婦、末息子幹生(夏)とその婚約者和美(前田)。母親について病院に行った幹生から、たいしたことないと電話が入る。ほとんど初対面の親戚(になる予定の人)達の中に取り残された和美。
ここの家族は変。普通の会話が弾まない。
もっともまともそうな和美も変。善意はあるようだが、コミュニケーション能力に欠落がある。その場にふさわしい発言ができない。
遠くで自衛隊の演習の音。
やがて幹生も戻ってくる。でも、やっぱりみんな変。
父親に似ていると言われて強く反発する長女は、暴力的だった父親を今でも憎んでいる。
呆けた父親に姉の名で呼ばれつづけた次女は、姉さんはいらなかったかもしれないけど私なんかいなかったんだから、と恨み言を言う。
父親の暴力から庇ってやったと言われた弟は、親父と姉さんの戦争に怯えて仲裁のために泣きたくもないのに泣いていたんだ、と言う。
包丁を研ぐのが趣味の長女の夫は、事業を興しては潰し、次女の夫に借金がある。
それをたてにねちねち言い募る次女の夫は、高校時代に妻が勇人とつき合っていたことに拘っている。

 「私達はどうしようもなく家族なんだから」という台詞が、以前三枝作品の中にあった。
「家族というのは居心地の良い巣穴の人間関係。そこにいれば一切の外部から保護される。
しかし、いったん内部で暴力や憎悪が発生すれば乱反射して増幅し、どこにも逃げ場はない。」
というのは誰の言葉だったっけ。

父親は宝くじを残していた。
当たってたら借金返して関係も変わるな。当たってるわけない。じゃあ要らないんだな。そんなことは言ってない…勇人と幸一はそんな会話を繰り返す。
その仲の悪い二人が、同じ団地の老夫婦が行方不明になったため、一緒に探しに出ることになる。
怪我をして戻る二人。
老夫婦が庇い合うようにして崖下にいた。それを見つけて転げ落ちたんだ、と勇人は言う。
宝くじを隠そうとして自分を突き落としたんだ、と叫ぶ幸一は、勇人の借金がもうどうしようもないところまできていることを暴き立てる。
包丁を持ったまま飛びかかる勇人。
二人を引き分けて弟が叫ぶ。自分もいつかこんな風になるんだ、自分勝手で自分のことしか考えない、こんな風になるんだ。
傷つけ合い、疲れ果て「このまま何も見ず、何もなかったふりをしていれば、やがて何も考えないでいられるようになる」と言う次女に、
和美は、あきらめないで、お互いの心の中を語り合いましょう、と言う。促されて話し始める人々。
どうにかなるんだろうか。なりますよ、まだ時間はあるんだから。なんにも変わらないさ、宝くじが当たったって。いや、変わるよ、きっと…
遠くで夜間演習の音。

 あきらめなければ何か変わるんだろうか。そう考えることは救いなのだろうか。

 三枝さん得意のサバイバー(傷を負いながら生き残った者)の話。あいかわらず、暗い。
ただキャストが豪華なこともあって一層の凄味はある。特に、瞳のない人形のような内田さんの表情は秀逸。

 親を許した時がサバイバーからの卒業だ、といわれる。
被虐待者が親を許すというのは、巷間考えられるような心温まるできごとなどではない。
つまり、親も弱さを持った一人の人間だと認め、かわいそうにと慈しみ愛すこと、などではないのだ。
私、もうあんたたちなんかに愛してもらわなくていいや、あんたたちなんかに受け入れてもらわなくていいや、認めてもらわなくていいや、と心の底からあきらめることだ。

 けれど彼らはあきらめられない。どうしてもどうしてもあきらめることができない。だからここから出ていけない。期限間近の宝くじ。当たっているはずなどない。でも、もしかしたら。そう心のどこかで思っているうちは捨てられない。
あきらめられない人間は、明日になったら何か変わるかも、という希望で今日を生きてゆく。どんなに苦しくても。生きてゆくしかない。希望がある限り、終わりはやってこないのだ。

キーワード
■家族 ■芸術創造館マンスリーシアター
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