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死に反転する「乙女の祈り」 西尾雅
かつて犯罪フィールドノートと称し家族劇の視点から事件を解剖した山崎哲と転位・21。その流れを汲む坂手洋二も燐光群を主宰して事件を題材に硬派なドラマを創り出す。対する関西の雄、くじら企画も犯罪から発想して前作「サヨナフ」など事件を劇化した一連の作品をものし、社会が生み出した犯罪者へ特異な視線を注ぐ。虚構の中で真実を抽出する作業は同じだが、山崎と坂手が硬質な社会派タイプであるのに対し、関西特有の泥臭さの奥に幻惑とロマンの残り香を漂わす。上演ごとのプロデュースゆえ役者は固定しないが、実力派を揃えてわい雑なリアリティを生み出す。小空間を得意とするが、今回は野外でもまったく拡散しない濃密な空気を作り上げ、緊迫したドラマで実力を見せつける。

ラフレシアは、4ケ所の出入口を備え、透明ビニールに囲まれた全方向に客席を持つ円形の仮設劇場。演技空間を中心の正方形の台上に取り、周囲の通路を隔てて3段の客席、この土曜日の観客数はゆったり約130人。150人まで十分、最大200人は収容可か。客席にはビニール天井あるも(舞台上は青天井)、役者も出入りする入口は開放されたまま、吹きさらしの内部は夜風に冷えるが、芝居の熱さで肌寒さも吹き飛ぶ。

今じゃ看護婦あらため看護師。筋弛緩剤を悪用した男性看護師が引き起こした事件も伝えられるが、単独犯の男性に対し4人の共謀が女性の犯罪を特徴づける。友情と嫉妬と依存が複雑に絡み合う人間関係が無垢であるべき聖職者を泥沼に引きずりこむ。これは看護婦と呼ばれた時代が残した最後の犯罪。が、男女差別撤廃で看護師に統一されても、明らかに男女は異なる。男と女に横たわる深い溝が事件を引き起こしたともいえる。悲劇は呼称が統一されようとも永遠に続く。

看護学校同期の4人。リーダー格の吉田(林加奈子)は面倒見が良く、亡き夫の保険金で余裕あるため、仲間やその連れ合いに気軽に金を貸す。頭金を貸すからと、同じマンション棟の部屋を同時購入して全員が近くに住む強引な提案も持ちかける。良き仲間、頼りになる姉貴分だったはずの吉田が、株の失敗を理由に豹変する。別居中の夫(森田太司)に貸した金を直ぐ返せと石井(小栗一紅)に迫る。借金すら初耳の石井に返せる目途もなく、保険金目当てのわが夫殺しに加担させられる。実は、石井を除く3人は既に保険金殺人共謀の実績があったのだ。

男女各4人の出演者は、それぞれ何らかのペアを組むが、関係は破たんする。治験コーディネーター・堤(川田陽子)は担当の末期ガン患者(秋月雁)を親身に世話するが、新薬の治験は失敗し彼は死ぬ。吉田のもとで無言電話や借用書の改ざんなど裏工作を請負う男(戎屋海老)はしょせん使い走り。同僚の看護婦・池上(後藤小寿枝)は、今も殺した夫(風太郎)がまとわる幻覚に悩む。心は既に彼から離れているが、安眠は取り戻せない。

たしかに夫は浮気や浪費で彼女たちを悩ます甲斐性なしばかり。ダメ男に見切りをつけた彼女らの友情が真っ当にも思える。けれど、それは吉田が仕掛けた罠。吉田の黒い欲望は、友情を盾に借金で仲間を縛る。池上の夫殺しが凄絶に回想される。いざとなれば注射針を震わす池上に代わり、堤が殺人をリードする。なんと、吉田はみずから手を汚さず、電話の指示で2人を遠隔するだけ。友情なるものは吉田の完全な支配下にある。

看護婦の使命である救命を捨て、逆に殺人を選んだ彼女たち。男との愛に絶望し、女の友情にすがった彼女らは、懸命に尽くしても救えない命に限界を感じ、絶対の死に惹かれる。首謀者の吉田が最後に拠り所としたのは金。吉田に忠誠を尽くす堤は、吉田の孤独を哀れみ、見守らずにいられないと告白する。彼女だけが、金を信奉する吉田の絶望を見抜いている。

音楽に定評あるくじら企画は、今回も「乙女の祈り」でシュールな味わいを残す。若干18歳のバダジェフスカが作曲した甘美な調べが、白衣の天使にひそむ残酷な現実を裏返す。死を予感した患者が、白い木蓮の花をついばむ黒いナイチンゲールをいぶかしむ。建前に隠された医療現場の不純に気づいているのだが、深入りしようとはしない。誰しも死を見つめる勇気に欠ける。吉田は「純粋培養された乙女の干物」である仲間の看護婦に「現実を思い知らせる」必要があるとうそぶく。石井の夫殺しを実行する彼女たちは、看護婦の魂といえるナイチンゲール憲章を唱和する。信じるものを求め続けた彼女たちが最後に手にした真実とは、人を必ず待ち受ける死。「乙女」たちは全霊をこめて今、死の神に祈りを捧げる。

著者注:男女雇用均等法の施行に伴い、「看護婦」が廃され、「看護師」もしくは「看護士」と表記されるようになったが、事件当時は看護婦たちによる連続殺人が話題を呼び、その特異性に注目した作者が「乙女」の犯罪をモチーフに劇化。劇中で一貫して「看護婦」と呼ぶ作者への敬意と事件当時の背景を考慮して、あえて看護婦と表記する意図をご了解ください。

キーワード
■ラフレシア円形演劇祭 ■犯罪
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