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おまえがそれを愛というなら 松岡永子
 淵野尚、といえばわたしは役者としてしか知らない。「ちゃかぼこ調書」(若い人は知らないだろうな、この劇団)とか。だからその人がどんなものを書くのだろうという興味もあって行った。
なんとなく昔の小説家の匂いがした。言葉、というものへの愛憎とか。

『雷魚』 村井千恵

 なんとなく中島敦。「名人伝」とか「山月記」とか。

 家出娘のような、お上りさんのような、大きな荷物を持った娘が登場。コート姿からレオタードに着替えチュチュを付け、バレエのレッスン。その動作をしながらテキストを語る。
 音楽家が、雷魚(昔、笛の名人だった人間の変身した姿)の話を聞く。俺は笛の天才で皇帝の誘いも断り自分の音楽だけを極めようとした、と伝えられている。しかし本当は違う。俺は器用だっただけで、本物の天才は妹だった。障害のある妹は言葉を理解できたが、話すことを好まなかった。言葉ではない、声が素晴らしかった。妹と対話できたのは俺の笛だけだった。妹だけがいればよかったから、二人で山に隠(こも)った。しかし本物の天才は人の目から隠れていることができない。妹の声を聞くために門前市を為すようになった。妹が俺のもの以外になるのが許せなかった。だから…
 言葉の無力を言いながら饒舌な雷魚の昔話。その間に娘の言葉、娘に関する言葉が挿入される。
 少し才能があるらしい彼女は東京へ出ようとしている。田舎町では目立つ存在。でも、東京ではどうだろう? 「あたしもうすぐ二十歳になる」

 才能とか世に出るとかいうことでシンクロするのだろう、二つの世界。直接には関係のない言葉と動作の同時進行でそれを表現する。

『雲雀』 原尚子

 わたしとあなたとあのひとの、絡まった関係について語る。さまざまな人称や時制の断片が、わりと派手に語られる。断片をつなぎあわせていくと状況はわかる。わたしは犬で、死体になった飼い主とマンションの部屋にいる。恋人は永遠に去ってしまったらしい。

 これはなんとなく夏目漱石。「吾輩は猫である」を思い出しただけではなく、蕎麦が長くて椅子の上に立ってもまだ端が出ない、というエピソードの語り口にそんな感じがした。

『おまえがそれを愛というなら』 広重島典・小崎泰嗣

 幼なじみの二人の男がやりとりした手紙の話。
 小学校で授業中に回した手紙から始まって、特攻隊に志願した相手への手紙、獄中への手紙、と続く。
遠くにいても言葉をやりとりしていれば誰よりも相手を理解できる、と言う。
獄中への手紙は届けてもらえず、空間的な距離は近いのにどうしてこんなに離れているのか、と言う。
 終戦で出撃しなかった特攻隊員はチンピラの兄貴分になっている。うどん屋をやりたがっていた男は聴力を失い、居候している。耳の聞こえない男の会話は、すべて筆談だ。

 中途失聴者が言葉を失うことはない。聞くことはできなくても正確に発音できるのだから、意思を伝えるのに筆談のはずはない。これは文学的な美しい嘘である。
 そしてこのシーンがおそらく最も美しい。
 触れられるほど近くにいながら言葉が伝わらない。言葉では何も伝わらない、と思いながら言葉でしか伝えられない。そういうもどかしさが現前する。

 居候の男は出ていく、と書く。こんなに好きなのにどうして、嫌いになったんか?、と書く(このころには体の関係もできている)。結婚するんや、と書く。
 それからは折々の手紙の交換があって数十年。多分おしまいになるだろう手紙に。結婚するなんて嘘だった、一緒にいたら駄目になると思った。

 終わり近くなって、「愛」という言葉が出てくる。ひどく唐突な感じがする。
 最後のシーンはフラッシュバックのように今までの言葉をピックアップして構成する。
そのシーンで「こんなに好きなのに」「けど、それは愛なんか?」というポイントになる部分を作るためだろう。それならもう少し早くから「愛」という言葉は使っておいた方がいい。

 三つの作品ともに「零余子(むかご)」が出てくる。中心テーマというわけではなく(零余子にはそういう立場がふさわしい気がする)。わたしの零余子のイメージは、小芋のようだが芽は出ない、一種の徒花。作家のイメージがそうだとは思わないが。作家のイメージとしては「山椒は小粒で」に近いだろうか。零余子は辛くないが、不思議な味わい、ということで。


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