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2重性に生きるしかない人の不幸 西尾雅
元八時半の山岡徳貴子を中心とする魚灯が活動を再開。勢いこんだ口調や間のバツ悪さが軽い笑いを生むが、奥に広がる人の孤独がその後じわっと苦い。鈴江俊郎を踏まえた文体に、女性らしい生命感や開き直りが加わった山岡ワールドが客演との相性も良く、鮮やかな展開を見せる。

火事被災した隣家の夫婦を居候させる玲子(豊島)は、彼ら夫婦には長期出張と説明していた夫(林)の突然の帰宅に驚く。前妻を忘れられない夫とは別居中で前妻が海外出張の折だけ夫は帰って来るのだ。玲子が越して間もない隣の北村の妻さなえ(桝野)の面倒見がいいのには理由があった。さなえの身体に残された傷から夫のDVを疑い、彼女を守ろうと決意しているのだ。それは暴力こそ受けないが、夫に裏切られている自分の不幸を重ねているからなのだ。

夫の前妻は家事不得手だが、海外出張するほど仕事に長けるのが専業主婦の玲子には悔しい。あげく環境にやさしいとの謳い文句に惹かれてマルチ商法に手を出す。押し売りまがいの販売で子を増やす才覚など彼女にあるはずもなく、そもそも騙して稼ぐ意志もなく、ただ前妻への対抗と専業主婦の不安を払拭するために始めただけなのだ。

北村の妹が火事お見舞いに訪れる。本当は妹ではなく、離婚後も北村をストーカーする実は北村の前妻・野畑(武田)なのだが、最初は北村に気づかない。それも道理、北村本人はDVに抵抗したさなえの手で既に殺されており、今、北村を称するのは、死体遺棄を偶然手伝って以来、玲子と逃避行を共にするホームレスなのだ。北村を名乗るその男(狩場)もリストラ失職して、自分の家族に見捨てられたのだ。

野畑はさなえに警察に訴えると脅す。しかし、なえも野畑の弱みを握る。火事の原因は野畑の放火と見抜いているのだ。殺された本物の北村からやはりDVされていた野畑が恨みを吐く。「先に寝ていたものなら煙草の火を押しつけられ起こされた。一度あの男に火を押しつけ返したかった」と。結局、野畑とさなえの告発は両者すくみあいに終る。

擬装夫婦だが、元ホームレスの北村はしだいにさなえを愛し、過去を清算するためさなえも目の前の偽夫を愛そうと努める。が、DV受けたさなえの身体の傷に衝撃を受け、北村は萎えて不能に終わる。玲子の家から焼失した隣の空き地が見える。焼け残ったのは古い大木だけ。その下に埋めたわけではないが、同様な木の下に埋めた元夫がさなえには見える。既に死んでいるのだが、元夫に支配された感情は容易にリセットできない。野畑は傷跡を整形治療中、身体の傷こそ治せるが心の傷は誰もが一生背負う。

玲子のマルチ商法に夫は反対し解約に持ち込むが、納得できない玲子は家出を決意する。夫への愛と嫉妬は、殺してしまいたいほど。さなえのように実際に手を下せない彼女には、離れるしか解決の法がない。愛と憎しみは、それほどに切り離すことが不可能。離婚成立しながらも、まだ元夫を追う野畑の複雑な心理からもそれは明らか。野畑は慰謝料請求と弁解するが、夫の後追い姿に未練が透けている。現実に夫を殺したさなえですら、元夫の影を払拭できないでいる。

アンビバレンツに引き裂かれる彼らは実際2つの顔を持つ。玲子とその夫は目の前の北村をDV張本人の夫、野畑をその妹と信じている。北村も野畑も本人と仮装の2役を演じているわけだが、例えば玲子の夫も、玲子と前妻それぞれに夫として接する。つまり2人の妻の前で、2役の夫を演じている。殺人や放火の犯罪者が無実を装うのも同様。妻や恋人を暴行するDV犯は、いっけんやさしそうな男だとはよくいわれる。人誰しも多かれ少なかれ2面を使い分けている。マルチ商法の親(山岡)は、玲子がこの仕事に不向きを承知で持ち上げるが、契約解除されるや掌を返し非難する。わかりやすいこんな2面はいっそ歓迎だが、現実の深刻は本人が自身の2重性に気づかないことにある。

殺し、放火し、嫉妬に苦しみ、出来もせぬ仕事を始めてすぐ返品する。愚かとしか思えぬ行為をくり返す彼ら。その象徴が、見かねたさなえらが玲子にマルチ商法を指導するくだり。洗剤や化粧品を売るためマンガキャラに扮してコントを熱演し大笑い出来るが、実際の販売効果はなさそう。当人は真剣でも、他人からすればこっけいなだけ。冷静に見つめれば、誰もが人生の笑い役でしかない。

愚かさを積み重ね、その果てに死が待つ。たとえ殺されずとも死という結果は誰もが同じ。本物の北村も今は埋められ、木の下で土に返りつつある、おびただしい微生物に分解されて。彼に取ってかわろうとする生命の数え切れないその数は、生前に抱いた数え切れない彼の思いに匹敵する。愛し憎み裏切り嫉妬し迷ったその数だけ、今は地中で燃え光を放つ、凛とした燐の輝きで。


キーワード
■恋愛 ■京都芸術センターセレクション ■DV
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