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出会いが生む癒しの奇跡
演劇はしょせん娯楽に過ぎない。いわば浮世の憂さをしばし忘れるひと時の饗宴。けれど、凝縮された時間に本質を浮き彫りにすることで感動が生まれ、明日の活力につなぐ。ときに、傷ついた心を癒すことも可能かもしれない。本作は摂食障害の取材にもとづき、障害者と伴走することで演劇に何ができるのかを改めて問い直す。

注目すべきは誕生の契機となった出会い。アルコールや過食など依存症に苦しむ患者が劇場関係者にいた事実。それは病気とされる依存症が他人事でなく身近な問題だということ。誰しも持つ心の弱さであり普遍的な問題と認識するまなざしがやさしい。取材をレポートやドキュメンタリーにとどめず、サスペンスタッチの密室劇に仕立てる手腕が作者の独壇場。ジャーナリスティックな視点で物語をち密に構成し、ファンタジーにまぶす。

その出会いを幸運と呼ぶのは依存症に苦しむ方々に失礼だが、「知る」ことがわずかでも痛みを共有し、自身の依存を自覚させてくれる。劇中で酸いも甘いもかみ分け、的確なアドバイスをほどこす院長が登場する。が、彼女も禁煙の院内で煙草が欲しそう。賭け事も嫌いじゃないらしい。悪習と知りつつやめられない弱さを誰もが持つ。劇場に3日行かないと禁断症状を起こす私もまた観劇に依存しているのだろう。

アルコールや摂食障害などさまざまな依存症患者をケアしているクリニック分室。久々の再会にすっかり痩せた姉(小関)を見て驚く弟(岡)。カレシと女友達(高木)の三角関係に悩む女子高生(永見)。根気良く治療を続けるスタッフに2組の来客、かつての患者で自殺した有名タレントにまつわる奇妙な話を持ち込む業者(はしぐち)と取材記者。タレントは死後も本人が自分のホームページに書き込みを続けているらしい。幽霊譚に死の真相が隠されていると推理、その謎を解き彼女を慰霊したい業者。観客だけに見える若い女性(岩木)。今もこの室内に浮遊し、米を研ぎ続けて食の原点を説く彼女がどうやら成仏できないタレントの霊。

いっぽう、取材と称する記者(中杉)は、自身が摂食障害にかかっていることを院長(荘加)に見破られる。女子高生はカレシと同棲中、嫉妬した女友達はカレシを殺してしまう。が、同棲中の彼女もまた男から暴力を受けており、友人同様に内心では彼を憎んでいる。恋愛の幻想に金縛りされる現実と男と別れやり直したい本心。彼女はスタッフと共作する戯曲で苦しい心情を既に告白していた。

そのスタッフ(小山)も、自分のミスで患者を自殺に追い込んだ過去に捉われ意中の女性(村松)に積極的になれない。誰もが何かしら苦しみを抱えている。「やさしい人ほど他人を傷つけずに自身を責める拒食という行為に出る」と説く院長の言葉は重い。どこまで他人事ではなく自分の問題と受けとめるかが問われている。

タレントは実は自殺ではなく殺されていたことがわかる結末。ダイイングメッセージがホームページ上のキーワードから暗号解読される推理仕立ては出来過ぎだが、サスペンスで引っ張る観客サービスは楽しい。ネットという目に見えない通信手段と浮遊する霊は、なるほど近しい存在なのだ。死者の怨念が簡単に削除されれば迷うこともなかろう。せめて、生きている者が少しでも安らかにとの願いが本作に込められる。

殺人犯は特定されるが、それで魂が救われるわけではない。犯人探しは真の解決にはならない。ひとりの男をめぐって争った女子高生2人は男の非難を共有し、和解に至る。敵は暴力をふるう男でも恋敵でもなく、依存する自分の心にある。弱さを自覚し、他人に共感されることで癒される。成仏できないタレントの浮遊霊もまた同じ。話を聞いてもらい相槌を打たれる。それだけで人は救われることがあるのかもしれない。

共同で戯曲を作るシーンに演劇の可能性が示される。自己の投影あるいは相手の視点で見ることの有用性。戯曲を書き、演じ、舞台を観ることで世界が広がり深化する。ワークショップが治療の現場に取り入れられているとも聞く。本作が画期的なのは劇場と劇団の個人的なつながりを起点にテーマが掘り起こされ、作品に結実したこと。はせはウイングフィールドが雑居ビル6階にあるという特殊な条件を利用して、この劇場でしか上演できない『仮説「I」を棄却するマリコ』(2000年3月)を既に成功させるが、それを上回る奇跡の出会い。個人の資質と片付けられがちな依存を誰もが持つ普遍的な問題と捉え直す。今、奇跡と言ったが、そこに至る劇場と劇団それぞれに積み重ねた歴史があればこそ。継続の意思こそが奇跡という必然を生む。


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