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星に願いを 西尾雅
人は歳を取り、老い、やがて死ぬ。誰もがその真実に気づかない風を装い、毎日の生活に追われている。いつか必ず死ぬとわかっていながら、目の前で死ぬ者を放ってはおけない。嫌がらせのため自殺を図る者がいる。好きになれそうもないタイプの彼を、嫌がらせされる側の人間はやはり見過ごすことが出来ない。死ぬまでを人は生きるしかない。自殺を押しとどめ、語られる作品のテーマに深く共感する。

古い木造住宅を改築した宅老所。訪問介護ステーションも兼ねているらしい。が、入居者は一番古株で寝たきりのノブさん(前田有香子)ひとり。ここの活動を評価されたNPO法人が特別養護老人ホームの指定管理者に選ばれ、入居者やスタッフの引越しがほぼ終わったところ。公共の施設を民間が運営することが出来る新しい制度の発足でスタッフ内部の軋轢も高まる。こちらに移動になった特養の旧スタッフ(森本研典)は不満たらたら、宅老所を立ち上げた飯田(岸部孝子)にしても規模の大きい特養に移籍してのリーダー役にとまどう。

設備は整うが血が通っているとは言い切れぬ特養と手づくりの生活感を大切にする宅老所ではもともと介護のスタンスが異なる。しかも今回の管理者指名にはNPO法人代表である議員の売名もしくは政治的圧力の疑いも濃く、内外の反発も強い。議員の娘ゆえ所長を務めることになった山浦(佐々木淳子)さえ父親への不信は強く、反対派の言い分がわかるだけに板ばさみで悩む。

もともとここは理想主義で運営されており、清掃に知的障害者の野間(奇異保=ピッコロ劇団)を雇って要介護者と障害者の交流を図る。逆に代表の営利主義のため専門学校生の研修生を受け入れもする。その研修生・友部(平本光司=フリー、元ランニングシアターダッシュ)の若い身勝手さがバツイチ子育て中のベテランスタッフ(ヘルパー2級の資格しか持たない)とぶつかる。指導すべき上司の奈緒(田矢雅美)は友部を叱るが、彼に反省の様子はない。実は、彼は奈緒と秘密裏に交際中で、彼女を見下している節がある。

野間もその奈緒に片思い中。叶わないと知りつつ七夕前日の笹に願をかける。野間の想いを知るのはオセロゲームの相手を務める運転手の糸川(南勝)だけ。糸川は妻がここで世話になり最後を全うしたことに感謝して送迎役を買って出る。他に若いスタッフと障害者が住む寮の寮母などさまざまな人物が登場、対立や恋の応酬を群像劇にまとめあげる。介護の実態そして指定管理者制度という聞きなれない制度に着目した点は評価されるし、それをエンタメに仕上げる手並みの鮮やかさにも目を見張る。

作・演出の岩崎正裕のライフワークと化した昭和史の点検はここでもされる。人生を終えようとするノブさんに、日本の経済発展を底辺で支えた庶民を重ねる。戦中を生き抜いたノブさんの口から戦争の悲惨さを語らせる。戦争を経験した世代が少なくなり体験が風化しつつある今、劇の持つ意義は深い。

深刻なテーマを演劇ならではのファンタジーで重くなりすぎないようにもする。寝たきり老人のノブさんを、若い女優が軽やかにしゃべり動いて演じる。演劇ならではの嘘は、流れ星の墜落で年寄りが若返る奇蹟を起こさせる。老人が演じれば深刻にならざるをえない介護の実態を和らげることに成功する。そして当たり前の真実に気づかせてもくれる、老人のノブさんにも娘時代があったのだということを。

目の前で若い女優が演じることで、人はふだん忘れている簡単な事実にあらためて気づく。私たちもいつか歳を取り、死ぬのだということを。若返りの奇蹟は一時のもの、ノブさんは結局引っ越し先の特養で息を引き取ることになる。四国の貧困な家庭に生まれた彼女は大阪へ売られ、遊郭で娘時代を過ごす。過酷な仕事の中でも、出征する若い兵士との一夜の交感はさらにつらい思い出として残っている。

死が生の必然であるように、性もまた生きていく上で避けて通れない。介護される老人にも障害者にも性欲はある。入浴介護中に老人からセクハラされ、休職していたスタッフ(篠原裕紀子)の心的外傷はまだ重い。老いた糸川も亡き妻の身体が未だに思い浮かぶ。奈緒に片恋慕して悶々とする障害者の野間とノブさんが抱き合う。ここもまた演劇ならではのファンタジーがせつなく美しい場面を見せる。

タイトル「だけど、ほらごらん」は絶望した暗い夜でも、見上げれば光る星はあることを指す。野間に同情的な奈緒は、後輩に恋人友部を奪われ、捨てられる。仕事熱心で誠実な彼女が報われない不条理な世の中。妹を助けるため自ら苦界に身を沈めたノブさんの老後も救われない。孤独死寸前のところを飯田に助けられ、この宅老所で一時の安らぎを得るが、結局新しい制度に呑み込まれてしまう。

野間だけでなく人は七夕の星に願いをかける。星だけが希望であり、人は死んで星になると信じているかのように。絶望の黒がオセロのように希望の白に反転する日はいつのことだろうか。

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