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ヴィオルヌの恋人 松岡永子
 ふたりの人物が椅子に腰掛けている。男が録音機のスイッチをいれ、女が語り始める。

 マルグリット・デュラス『ヴィオルヌの犯罪』。フランス各地で、バラバラにされた死体が列車から発見される。その列車のどれもがヴィオルヌの陸橋の下を通っていることから、ほどなく、その地に住む主婦が逮捕され、被害者は彼女の家に住み込んでいた親戚の娘だと判明する。死体のほとんどの部分は発見されていて、残る謎は頭部の行方と動機のみ。
 原作は複数の関係者に対するインタビューからなる『藪の中』と同じ形式なのだそうだが、その中から犯人である主婦へのインタビュー部分をピックアップする。
 淡々と語りながら、その間、女は手を膝の上で組んだまま身動きもしない。顔の向きも表情もまったくといっていいほど変えない。
 ただ、台詞だけで進められていく芝居。
 これは間違いなく芝居であってリーディングではない(テキストを手にしているか否かは問題ではない)。大きな視覚的変化がないからといって、これをラジオドラマにしてしまえばこんな緊張感は得られないだろう。
 女は頭部の行方について以外は何でも話すと言う。しかし女の話はまったく要領を得ない。ひとつのことについて語っていたはずなのにいつの間にか逸れ、別の話になっている。隣人との心情的ロマンスもどこまでが事実なのかわからない。
 けれど彼女は嘘をついてはいないし、つくつもりもないだろうと思う。
 彼女は存在全部が言葉でできていて、語ろうとすると言葉が溢れ出してとりとめがなくなり、他人が納得できる一筋のストーリーを紡ぐことなどできないのだ。座ったまま動かない体の存在がそう感じさせる。
 けれど彼女はこれまで自分を語るような人生を送ってはこなかった。
 周囲の人々は、彼女は何不自由ない生活をしていた、と言う。しかし彼女自身は幸せだと感じてはいなかった。たぶん不幸だとも思っていなかった。
 殺された娘は毎日ソース漬けの肉を料理して出した、わたしはその肉が大嫌いだった、何度も吐いた、と彼女は言う。嫌いなのになぜ毎日食べ続けたのか、という問いに、嫌いだと知らなかったからだろう、と言う。
 殺人を犯すまで、彼女は自分について何も知らなかった。取り調べの中で、自分について語るうちに彼女は自分についてさまざまのことを知るようになった。自分についてどんなに知っても自分のことはわからない。知れば知るほどわからなくなる。自分にも、他人にも。

 彼女の話を聞きながら靴下を直したり姿勢を変えたりしていた男は、ついに彼女への苛立ちを示し、インタビューを打ち切る気配を見せる。
 そのとき一瞬、女は自分を語ることを止め、男に語りかける。彼女は語り続けたいのだ。他人の知りたがっている秘密を持ち続けていれば話を聞いてもらえる。頭部の行方を明かさないのは、そんな巧みというよりは子どもっぽい駆け引きなのかもしれない。

 照明も音響もシンプルでぎりぎりに抑えられている。ただ役者の発する言葉に圧倒される緊迫の一時間十五分。

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