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現実と理想の落差 西尾雅
何の予備知識もなく着席したところでチラシ挟み込みの公演パンフを読み、旧三菱銀行北畠支店で起こった銀行襲撃事件がモデルと知る。犯人の犯行前夜が綴られるが、演劇ならではの転換が鮮やか。事件の本質を現代の風潮にリンクしたとの作者の想いにうなずく。主人公=犯人はモノローグで心情を吐露するが、彼が思い描く自分と現実の本人の落差に驚く。自分中心の思考回路のあまりの単純さが、まさに現代を言い当てる。

舞台上には四角いテーブルと四脚の椅子のみ、それを黒い布で覆い抽象化する。そこが麻雀卓となれば男は仲間と牌をつまみ、同棲中の女(sun!!)宅の食卓となればティータイムを楽しむ。遊び好きだが勝負に弱い男(出本雅博)は麻雀の負けがかさみ、仲間に借金だらけ。負け頭のくせに内心では仲間を向上心がないと馬鹿にしている。

飲み代の取立てでようやく生計を立てる身なのに妙にプライド高く借金も一掃すると豪語し、苦労をかけた母親に楽をさせるといっぱしの孝行も口にする。猟銃を撃つのが最高のストレス解消だが、男はその趣味をある計画に生かそうとする。彼女にも秘密の計画を麻雀仲間のひとり(前川哲志)にだけ打ち明けて協力を要請する。

共犯に引き込まれた仲間は盗難車の手配と乗り継ぎ車での待機を依頼されるが、土壇場で断りを入れる。銀行へ単独で押し入り猟銃で脅して3分で金を持ち去る安易な計画に不安を抱いたからだ。ズサンな犯行計画をいさめても男は耳を貸さない。成功の夢を勝手に思い描き、それ以外の可能性に微塵も考えが及ばないのだ。

協力をしぶる仲間が銀行側がもし抵抗したらと問えば男は容赦なく撃ち殺すとこともなげに言い放つ。実は殺人の前科もあるのだと。元勤務先の経営者宅を襲い、その妻を殺して金庫を奪った過去があるのだ。麻雀仲間の2人が突然被害者である経営者と妻に豹変して男に恨みごとを言う。

男の行く先々で予言をしてまわる易者の正体もわかる。両親の離婚後に一時引き取られたが、そりが合わず別れた父親だったのだ。久しぶりに訪ねた母は父への配膳を言いつけるが、それは仏前のお供え。父親はとうに亡くなっていたのだ。

幻想を抱く男の前に現実が大きく立ちはだかる。当然のように銀行強盗は失敗し、何人もの死者が出る。銀行に立てこもった男の手で事態の悲惨さは加速する。後の顛末を他の出演者が淡々と割台詞で経過報告し、それが実際に起こった事件だとあらためて思い知る。転がり出した無軌道を止める術はない。制御棒をなくした原発が臨界に達するしかない底知れぬ怖さにも似て。

一挙に幻想が剥離し、現実があらわになる展開に度肝を抜かれる。男の心象風景は瓦解し、真逆の現実が彼を脅かす。人は誰しも自分が思い描く自分と客観的な自分が違うと薄々は知っている。むき出しの真実の出現はまさに劇的だが、謎の易者に扮して彼に意見する人物=仮想の父親は、彼に残された最後の良心だと解釈したい。そう信じたいのだ。

客観的には無謀で身勝手極まりない犯人が掲げた言い分は、あながち間違ってはいない。向上心や親孝行を誰が責められよう。問題はそれを唱える本人がどれだけそれをなし得ているかだ。真っ当な意見に飛びつくのは逆に危険だともいえる。

要所でヴィヴァルディやベートーヴェンの名曲がかぶさり、男があこがれた一流の生活の幻想を紡ぐ。もっとも男は現実には、それをBGMに紅茶ならぬただの緑茶をコーヒーカップについで雰囲気を味わうだけ。これもまた男が終生到達することのなかった理想との深い溝を象徴する。報われない理想と現実の哀しい落差、2重性の罠から人はどこまでも逃れることはできないのだ。

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