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ひとり語り「恋愛小説」 松岡永子
 部屋にはいると美術全体はオフホワイト。目を刺す純白ではなく、汚れとも見えるような滲みがある白。
 三つの白いオブジェが吊られている。惑星のような地球儀のような、針金のような毛糸玉のような。有機的にも無機的にも見えるオブジェの下には三角形の敷物。近くで見ると、全面にたくさんの小さな三角形の布が一辺で縫い止められている。無数の漣が騒がしい水面に似ているかもしれない。
 中央が舞台。それを囲む壁際が客席。

 向田邦子『三角波』
——結婚を控え、婚約者の後輩・波多野の思わせぶりな態度に心を揺らす巻子。軽い三角関係とちょっとした嫉妬の言動を快く楽しみながら、自分の気持ちのありようについて考える。だが、新居の庭先に立っていた波多野の視線に、彼の愛の対象は夫だと知る。今、肩におかれている夫の手を振り払おうか、受け容れようか…

 演者は和服の端整な立ち姿で物語を確実に語る。語り終えると、舞台を静かに立ち去る。
去りぎわ、自分の立っていた場所を確かめるように振りかえる。

 休憩を挟んで川上弘美『通天閣』では、一転、白いふわふわの洋服。
 語る間も、絶えず踊るように動いている。演者が足で床を擦ったり回転したりするのにしたがって軽い布でできている敷物は動き、形を保っていることがない。

——私と昴はルームメイト。二十一歳の彼女たちはいわゆるフリーター。
昴がニシノを連れて帰ってくる。たぶん昴の恋人のニシノは私にも親しげだ。昴が大好きな私は二人の関係にちょっと嫉妬している。ある日、なんとなくニシノと私は寝てしまい、それを見た昴は部屋を出てどこかへ行ってしまう。

 女性作家による短編。微妙な三角関係を描いている「恋愛小説」。
 だが、対照的な小説だ。
『三角波』の巻子は24歳。『通天閣』の女の子たちは21歳。その差は3年だけではない。

 巻子がいるのは「結婚適齢期」の女性がクリスマスケーキ(25を過ぎると売れない)と称された昭和の時代。
 24歳の巻子は成熟した大人の女性だ。自分が何を求めているのかを知っている。
 エリート証券マンを結婚相手に選んだ選択に打算が含まれていることも自覚しているし、波多野のことをちょっと美化して女友達に語るのは、「魅力的な男に慕われる自分」というイメージが欲しいからだ。そんな自意識に嫌悪を感じてもいる。

 一方、平成の現代21歳の昴は、彼女を失いたくないと焦ったニシノに結婚を申し込まれると「私が結婚なんかできるわけないじゃない。大人って何考えてるんだろうね」と言う。
 彼女は自分が「大人」でないことを自覚している。

『通天閣』を見ているうちに胸が痛くなった。
 ちゃんと地面に立てる足を持たないまま、世の中を歩いていかなくちゃならないのはつらいだろう。周囲からはそれが軽やかさに見えるのかもしれないが。どの人間よりも優雅に歩を運ぶ人魚姫が刃の切っ先を渡るような痛みを感じていたのと似ているかもしれない。
 昴はいかにもふわふわ生きている。彼女が通天閣に行きたいというのは、それが見たことのない場所、どこでもないユートピアだからだ。
 私もニシノも元カレも、みんな昴が大好きだ。彼女のちょっと変わったやり方を受け容れてもいる。でも、理解されていても愛されていても、幸せにはなれない。そもそも幸せになりたいのかどうかもわからない。
 女の子たちは口をそろえて、幸せになりたい、と言う。だがその「幸せ」のイメージは輪郭をもっていない。彼女たちの感情の指先は、何かを明確に指ししめすことができない。
 私の嫉妬の感情にしても、はっきりした対象は持っていない。昴に対する嫉妬でもニシノに対する嫉妬でもなく、彼らの親密さの中に自分がいないことについての感情だ。

『三角波』の感情はわかりやすい。恋情も嫉妬も、その向かう先には一人の人間がいる。
 巻子が自分の感情に戸惑うのは、名づけられないから、名づけたくない(認めたくない)からであって、自分が今何かを感じているかどうかを疑うことはない。
 巻子がどんな生活を選択をするにしても苦労はある。ただ、それはわかりやすい苦労だ。自分がどんな苦しみ、悲しみを感じているのかははっきりしているだろう。そうして築き上げた「幸せ」には手応えもあるだろう。

 昭和から平成へ、時代はどんなふうに変わったのだろうか。
 若い女性は「自由」になった。自由とは不定形で、生きるのも舞台にするのも容易ではないらしい。
『三角波』は三人称で、『通天閣』は私の一人称で語られる。俯瞰する位置に立って感情や関係を語ることはもはや難しいのだろうか。

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