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 茶水
 「今まで自分が2本柱でやってきたことも、1つにつながる」
 
 
 小鹿 制作を始めてからも農業とアートの活動は別々でやっていたんだけど、相互リンクできる企画ができないものかと考えるようになった。「芸術だけのためのダンス」とか「環境を守るための農業」という考え方では、関わってくるものも偏ってくる。それに農業にしてもアートにしても、本来は同じ人間が暮らしている世界から生まれたもので、人間の社会の都合で分断されてしまっただけ。元に戻すことは自然なことだと思った。それができればわざわざ頭を2種類に切り替えて考える必要はなくなるなぁ、と。そこででてきたのが、『茶水』。
 
 森本 『茶水』って?
 
 小鹿 2005年からはじめた裏方ケータリングサービスのこと。発端は、西陣にあるファクトリー・ガーデンという織物工場を利用した劇場で、ダンスカンパニー・セレノグラフィカの隅地(茉歩)さんに呼ばれて、彼らの公演前後に『ウェルカムカフェ』を開いたことから始まります。地産地消系の食材を使ったり、使い捨て容器は使わずに葉っぱを敷いてみたりと、少しコンセプトを持ったものにしてみた。それが好評だった。
  その後、隅地さんから「台湾には正しい食事を俳優や女優に提供する職業があって、『茶水』と言うんやて。そういう活動にしたら?」と提案されたのを受けて、この活動を『茶水』と名づけて始めました。
 
 森本 それからはセレノグラフィカのイベントだけでなく、いろいろなところでやるようになったということ?
 
 小鹿 うん、自分の制作公演だったり、知り合いの劇団からも呼んでもらった。『茶水』の前身にもなった、しげやんのダンスマラソンの「炊き出し」では、ピリピリする現場に手づくりの食べものがあることで、「〜さんが今日はあれをつくってきてー」という会話が照明さんとスタッフとの間で飛び交ったりする様子が、現場にいい風を送っていた。
  そんな経験もあって、まずは長い仕込みの期間をコンビニ弁当や適当な食事ですませがちな裏方スタッフさんの『茶水』を始めたんです。
 
 森本 お客さんにも提供したりするの?
 
 小鹿 今年3月に滋賀会館で行われた公演『旅の道連れ』は。Monochrome Circusの坂本公成さんが19人の出演者と19のデュエットをつくって舞台の上を旅する、という作品だったんだけど、そこで『茶水』がロビーにカフェを出店しました。表舞台なんだけど、意識は“裏方”。メインの存在にはならず、場を作る要素としてたたずむ。これが茶水のポリシー(笑)。
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左:裏方さんのごはん風景右:食器もリターナブル容器  
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小鹿 茶水の目論みは、生産者や農村部に住む人と、表現をしている人が“食”でクロスすること。茶水を介して、農村部の人は表現する人に食材を提供し、表現する人は、農村部の人に表現に触れる機会を提供するという関係をつくりたい。きちんとした食べ物をつくっている人をサポートし、表現する人をサポートする関係づくり。分野は違うものを食でつなぐ。
  将来的にはそれをもうちょっと発展させて、農村の空き家か何か場所を借りてアーティスト・イン・レジデンスを行えればと思っています。アーティストは農村部から制作場を提供され、食材を安く提供してもらう。代わりにアーティストはその土地の人にワークショップを提供したり、援農をしたりする。その土地の祭りを知ったり、盆踊りの振付をして地の文化に入り込むのもいい。こんなことが実現できれば、自分が今までやってきたことがつながる。
 
 
 コンタクトとの出会い
 「コンタクトバカだよね、小鹿さん」
 
 
 森本 農とアートの2本柱の中で、アートの中でもダンスに特化してきたのはいつ頃?
 
 小鹿 2000年にコンタクト・インプロヴィゼーションに目覚めて以来、コンテンポラリー・ダンスと言われるものに触れるようになった。コンタクトに目覚めなかったら、ダンスの魅力を知ることはなかったな。制作にもならなかっただろうな。
 
 森本 じゃあコンタクトとの出会いは?
 
 小鹿 アースタのボランティアで暑い夏の受付に入った時。受付だけやるつもりだったんだけど、ワークショップが始まる時に「オジーも入りなよ」って言われたのがきっかけ。入ったらすぐに「じゃあ、相手の身体の上に横たわって〜」と言われて、男の人の上に身を委ねるという衝撃的な体験をしたのが、コンタクトとの出会いだった。
 
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小鹿 そこで不思議な心地よさを感じたのをたよりに、ワークショップも通いだすようになった。それまでけっこう人と会うのがイヤだったり、言葉でうまく伝えられないという、コミュニケーションをとることに障害を感じていたんだけど、コンタクトは踊るというダンスとしての楽しさと同時に、コミュニケーションの考え方を大きく変えてくれた。自分自身がすごく変わることが出来たし、周りの見え方も変わった。人に見せるだけではない、何か新しい可能性がここにあるかもしれないって思ったんですよね。今では「コンタクトバカだよね」って言われるくらいにワークショップや企画はコンタクトにからんだものが多い。
 
 
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