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+ 徳山由香

国立国際美術館非常勤学芸員などをへて、コンテンポラリーアートの研究、企画、運営に携わる。 2005年10月より文化庁在外研修によって、フランスにて研究・研修に励む。

+ 田尻麻里子

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+ ピエール・ジネール

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PROFILE
大阪アーツアポリア

大阪アーツアポリアは、市内の中心部から地下鉄を乗り継いで約30分、大阪港に浮かぶ人工島、築港は潮の匂いのする海岸通に立つ3棟の赤レンガ造りの倉庫が、活動の拠点である。

赤レンガ倉庫

都心から程良く離れた、茫漠と広いこの場所の使いようが、大阪市からアーティスト、ミュージシャンや美術研究者達に託されたのが、2000年の9月。現在03年の秋で丸3年を迎える。ここで彼らは、いったい何をしていて、しようとしているのか。事務局のマネージャーであり、スタッフやメンバー、いくつものプログラムの動きをしっかりととりまとめる中西美穂さんに話を聞いた。

具体的にプログラム名を挙げると、視覚芸術のレクチャーと展覧会のシリーズである「アントルポッの放課後」、実験的な音の表現を追求する「サウンドアート・プログラム」、図書の閲覧とトークを開催する「アーツアポリアライブラリー」を柱とし、この他に、我々の「art plan−美術(計画)−地図」プロジェクトを主催する「非営利共催事業」というアートのネットワーク形成を課題とする事業を行う。
これらを俯瞰してみると、レクチャーやパフォーマンス、プロジェクトと、一つ一つの活動は具体的なかたちをしていても、その印象は、茫洋とした拡がりをもつ。あえていってみるなら、彼らの目的とするところは、一見つかみどころがない。が、それはおそらく、美術作家、ミュージシャン、各分野の専門家等によって構成されるアポリアのメンバー達の気構え、態度そのものを見ることによって、おのずととらえられよう。

アーツアポリアライブラリー

赤レンガ倉庫、寝かせ置く場

例えば今年10月に開かれた「アントルポッの放課後」では、1984年ポーランド、クラクフで上演されたタデウシュ・カントルの「ヴィエロポーレ・ヴィエロポーレ」の記録フィルムが上映された。日常的な所作が反復され、象徴的な表象へと昇華するこの作品を見終えた後の、美術作家の松井智惠さんの言葉から、アントルポッのメンバーとしてこのプログラムを企画した彼女が、そこから得るものの性質をうかがい知ることができるだろう。

アントルポッの放課後「ポーランドの精神世界:生と死を巡って〜カントルとバウカ」

「…非常に混乱しています。こんなに時代も、状況も、性別も違う人が、私が今表現していることと、同じようなことを考えていたのを、表現していたのを見て…。今はまだ言葉にできませんが、これから自分のなかでこのことをどのように捉えていくか、時間をかけて考えていきたいと思います。」

予測不能な状態にいる、未知の自分を見る機会を探してそこに身を置くこと。そしてその時間を公開の場で共有すること。それは、アーティストとして、自己に固有の表現、ある完成したかたちを世に出す行為とは、あきらかに逆の、創作者以前の姿をさらけだすことともいえるかもしれない。そして観衆として、アーティストの創造への思考をうながすその場に居合わすことの幸せ。

ここにいるメンバー達は、展覧会や公演、執筆等、発表の機会を持つことは貴重であるが、それは一方で自己を放出していく行為で、ややもすれば消費されていくこともある、これとは逆に、はっきりとした目的がなく、何か分からないものについて思考し、創っていく時間をもつことによって、自己の内部に蓄積するものをもつことが、次への糧となると考えているのだという。

アポリアのこのような取り組み方は、例えば、アーティストへの展覧会スペースの提供、マネージメントを指向する人々のためのプログラムといった、明確な目的=需要に対する供給をもつ場としてのいわゆる「プラットフォーム」的な存在とは異なる、まさに「倉庫」すなわち、「寝かせ置く場」の特質を、偶然にもつかんだものといえるかもしれない。むろん、複雑な要素を含むアートの要求に対して、公的文化機関が十分にその機能を活かして応えきれない現在の状況において、実際に潜在するニーズに柔軟に対応するプラットフォームとしての役割は、多くの人の望むところであるし、アポリア自身もそれに応えられるように態勢を整えていきたいという。実際、アトリエを必要とするアーティストに清掃等の労働の対価として赤レンガ倉庫内のスペースを提供するという「赤レンガ倉庫・クリーン・アーティスツ・プロジェクト」は、その一つとみることができるだろう。
とはいえ、アポリアの活動の動力となっているのは、まずは表現者自身、アートに関わるもの自身が、なにかしらの力を付けたいという内的欲求といえよう。たとえやっていることが何か、見えにくいものであっても、それが現代美術は難しいといわれる所以であっても、見えにくさを分かり易く見せることよりも、分からないことに対して全力で取り組むことの方が、最も誠実な態度であると彼らは信じているのだ。

クリーン・アーティスツ・プロジェクト、オープンアトリエ

公共、文化、都市

それでは、この事業の主催者である大阪市の心構えはいかなるものか。
その経緯を遡ると、これに先立つ1994年から大阪市は、市民にとってほんとうに意味のある行為としての文化を検討し始めていた。それは、行政に課された「公共性」を「公平」として捉える、「誰もが・気軽に・余暇を・楽しむ」といったうたい文句で語られてきた、これまでの文化行政とは違った方向に眼を向け、「文化を担う人=創り手」を育てるための場を確保することによって、都市の文化を育てるという試みであった。むろん、ここでいう「文化を担う人」は、少数の選ばれた人間であり、そこに何かを託すことは、差異化、差別化という価値判断抜きではなし得ない。

赤レンガ倉庫内、情報コーナー

このような差異化をはかる行為を行政が主体となって実践していく中で、それでは公共性はどのように実現されるのか。
大阪市の担当者、乾正一氏は、公共性を「spill over 溢れ出る」ものとして捉えているという。つまり、良質の文化を担いうる人が周囲にもたらす影響は、例えば、あるコンサートや展覧会の「鑑賞経験の回数」あるいは「鑑賞者の数」より、計り知れないものがあるというのだ。美術/音楽の殿堂とされる場所へ足を運んだ回数、その内どれ程の経験が真に満足し得ただろうか。ときに街路を歩くと眼に触れる「アート」と呼ばれる掲示物、装飾の類は、等しく人の眼に触れているがゆえに市民の文化レベルの向上に役立っているといえるのだろうか。
文化を環境そのものとして捉え、それを耕す人を育てること、その結実を蓄積することによって、質の高い行為/空間を街の隅々に存在させること、そうして初めて、文化は都市の財産として認識されるのだろう。

Sound Art Lab 2003鈴木昭男 ANALAPOsHERE
サウンド・インスタレーション

人、誠実さと眼差し

そう、実際に筆者本人が、このプロジェクトを通してアポリアと関わって最も印象深く感じることは、スタッフやメンバーの生き生きとした個性の強さと飾りのないストレートな態度である。それは、美術/アートというある価値を扱う際に我々が陥りがちな、スノビズムや慇懃さ、社交辞令をしりぞける清々しさであり、自他に対する誠実さ、正直さの上にのみ許されるものだ。彼らは、この誠実さを維持することが、自らの創作、営みの質の追求につながると信じ、そうした態度によって生まれる産物が、自分たちの住む街に魅力となる文化として蓄積され、さらにそれが拡がりを持つだろうと考えている。そういう意味では、彼らは、この美しく広い空間を持つ赤レンガ倉庫という場所に固執しているわけではなく、あくまでも大事にしているのは、人と人とのつながりだという。

この、与えられたのでもなく、勝ち取ったのでもなく、ただ共有するために存在する、つかみどころのない贅沢な時間/空間のなかで、ほんとうのもの、芸術文化とよべるものを創っていくのに必要なのは、自他に対する誠実さの中に、絶えざる自己批判の眼差しをも、しっかりと保ち続けることかもしれない。

(徳山由香 取材:11/10/03、15/10/03)

事務所は夜遅くまで。

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