またもう一つの理由として、新見さん自身の関心の移行ということも、彼自身の誠実な言葉で語られた。以前から音楽に対しては、よりストレートに素直に、音そのものに反応できるのに対して、視覚美術に対しては距離があり、気持ちの投入が難しいということを感じていたが、最近はこのことを強く意識するようになり、美術というものを「うまく捉えられなくなった」という。殊に、9.11の事件を目撃してしまったことは、彼にとってあまりに直接的な刺激を持つ視覚経験であっただけでなく、これが現実社会そのものであるという事実は、虚構の世界のアートに先を見いだせなくなるような感覚を持つようになったという。
このように自身の中に湧いた疑問の種を見逃さず、きっぱりと行動に移した新見さんの態度は、極めて潔い。疑問を感じながらも責任感やキャリアに引きずられながら、あるいはシステムに守られながら現状を維持することしかできない自他の弱さを、軽やかに飛び越えているものだといえるだろう。
「なにか」を求めて
カノーヴァンの本棚には、音楽雑誌や美術雑誌が揃い、また政治、自然科学、社会学と様々な分野の雑誌や書籍が集められている。「色々な情報がないと不安」だという新見さんの興味範囲、アンテナの広さを示すもので、また「なにか」に接近したいという気持ちになったときのために、いつでも見たり聞いたりできる距離に情報を置いておくのだという。
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