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 境内には摂津名所図会に描かれたままに安倍晴明誕生地の石碑、産湯の井戸跡、葛之葉狐の稲荷社、孕み石が揃っている。クスノキ、イチョウ、エノキの古樹がのびのびと枝を張っている。阿倍野を本拠とした豪族、阿倍氏の創建とも伝えられる阿倍王子神社もすぐ近くにある。阿倍王子神社は安倍晴明の画像、陰陽道の秘伝書「ホキ内伝金烏玉兎集*」(ほきないでんきんうぎょくとしゅう)をはじめ、晴明ゆかりの品々が残っている。

葛之葉霊狐の飛来像。晴明の母は信太の森の白狐という伝承が有名。
安倍晴明神社境内にある、晴明生誕伝承地の碑や晴明がつかったとされる産湯井の跡。

『ホキ内伝金烏玉兎集』(阿倍王子神社蔵)。鎌倉末期に成立した、陰陽道の秘伝書。
 社務所に参拝に訪れた人たちのために、ノートが一冊置いてあった。その中から見つけた一行。
「晴明さまの地に来れて幸せでございます」
 若い女性が記したのだろうか。百鬼夜行の平安時代に超人的な活躍をしたといわれる陰陽師、安倍晴明は現代のヒーローでもある。憧れの晴明に会いに阿倍野を訪ねる人は、まだまだ増えるのかもしれない。

 実在の人物であるのに安倍晴明の実像は謎に包まれている。しかし、晴明にまつわる物語は数多く、「今昔物語」「宇治拾遺物語」「大鏡」「古事談」「続古事談」「発心集」「古今著聞集」「陰陽カン轄ホキ内伝金烏玉兎集*」など彼が登場する作品は枚挙に暇がない。

生活続命の法を使い、芦屋道満に殺された晴明を蘇生させる伯道上人。『安倍晴明物語一代記』(阿倍王子神社蔵)より。 安倍童子(晴明の幼名)は、二羽の烏が天皇の病気の原因について噂をしているのを聞き付ける。『安倍晴明物語一代記』(阿倍王子神社蔵)より。
 物語の中で晴明は超人である。白狐を母に持ち、百鬼夜行の平安京にあって、天変地異を占えば百発百中。式神を使役し、悪霊を祓い、人の生死をも自在に操って、稀代の陰陽師の名声をほしいままにした。
 例えば、「古今著聞集」にみる平安時代最大の実力者、藤原道長との逸話。法城寺に赴いた道長が、犬が衣の裾をくわえて引き留めるのを不審に思い、晴明に占わせたところ、道長を呪詛する者が道に呪物を埋めているという。掘らせてみると、呪詛の文字を書き付けた土器が出てきた。晴明が鳥の形に結んだ紙に呪をかけ空に放つと紙は白鷺となり、呪詛を仕掛けた道摩法師(後述の芦屋道満のこと)のところへ飛んでいった。そして道摩を捕らえ、全てを白状させ、故郷の播磨に追放した。晴明は呪い返しの術で、道長を救ったのである。

信太妻の伝説を残す、深い緑に囲まれた信太森葛葉稲荷神社(大阪府和泉市)。
 
晴明の母は、晴明が3歳のとき、狐の姿を見られたため、「恋しくば尋ねきて見よ和泉なる 信太の森のうらみ葛の葉」という歌を遺して姿を消す。信太森葛葉稲荷神社にある歌碑。
 中世以後、安倍晴明の力は、中国から伝わった陰陽道関係の秘伝書を彼が読み解き、天地の秘密に通暁していたことに由来するという伝承が広まった。さらに、晴明は人間ではなく霊狐を母に持つ化生の者であるため超人的な力を持つことができたとする物語もつくられた。浅井了意の「安倍晴明物語」、僧誓誉の「泉州信田白狐伝」、作者未詳の「安倍仲麿生死流伝輪廻物語」、古浄瑠璃の「しのだつまつりぎつね付あべノ晴明出生」などである。それらの物語の元ネタになった「ホキ抄*」に記された由来によると、発端は、遣唐使の安倍仲麿が唐の国で志半ばに殺された逸話にある。死後に霊鬼となった仲麿は、自分に続いて遣唐使として唐に渡った吉備真備を助けて秘伝書「ホキ内伝金烏玉兎集*」を入手させる。この秘伝書は仲麿の子孫、安倍童子に手渡される。その後、安倍童子は龍宮に行き、人間界に戻ってからは、鳥の声を解する能力を発揮し、天皇の病気を治す活躍をした功績で、晴明の名を賜る。安倍氏の子孫は代々、晴明を名乗る。その末孫が、信田の明神である白狐を母に持ち、史上最高の陰陽師と称えられた安倍晴明である。安倍晴明は、ライバル芦屋道満と当代最高の陰陽師の名を賭けて因縁の対決を繰り広げた末に勝利する。その後、晴明の弟子に身を落としながら謀略の機をうかがっていた道満によって殺されるのだが、生活続命の法で蘇生。晴明は道満への復讐を遂げる。以上が安倍晴明の出生にまつわる波乱万丈、玄妙不思議の物語のあらましである。

 後世になると、安倍晴明の物語はさらにさまざまな奇談が加えられ、江戸時代のころには晴明は今でいうスーパースターのような存在になる。享保十九年(一七三四)、大坂竹本座で初演された竹田出雲作の浄瑠璃「芦屋道満大内鑑」も、そうした安倍晴明のヒーロー像を世に広めた。そして時は移り、時代は平成。小説、漫画、テレビ、映画に超人、安倍晴明は甦った。新たな伝説がまた生まれようとしている。

*ウェブサイトの性質上表記が困難なため、カタカナ表記いたしました。ご了承ください。
晴明の父、安倍保名。
(阿倍王子神社蔵)
晴明の母、葛之葉姫。
(阿倍王子神社蔵)

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