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 大好きな噺に『鴻池の犬』がある。「……よっぽど、腹減らしてたんやな。お前、今宮の生まれかえ」「いえ、生まれは船場でんねん」。これ、犬の会話である。片や、幼いころに豪商・鴻池善右衛門にひきとられ立派に育って今や一帯の大将。片や、盗み食いをして家から追い出された野良犬だが、この二匹、実は兄弟。人生(?)の運不運や兄弟愛にほろりとさせながらも、おとぎ話のような愉快さもあるいい噺である。
 話の中には、船場かいわいのさまざまな地名が出てくる。兄弟が住んでいたのは南本町。犬仲間はそれぞれ、住んでいる町名で呼ばれていて「おい、順慶町」「なんや、平野町」という具合。他に、和泉町や伏見町という犬も出てくる。鴻池家があったのは今橋で(今は「大阪美術倶楽部」のある所)「旧鴻池本宅跡」の碑が立っている。碑を見て、この落語を思い起こす人はあんまりいないと思うが、淀屋橋から本町あたりを歩くとき、太い尾を振る真っ黒な犬とやせこけた犬の兄弟がふっと目に浮かんだりするのだ。
 
南本町の商家の犬三兄弟のうち、縁あって鴻池家に引き取られた長兄のくろ。大坂一の犬の大将に成長する。ある日、自分の弟であるみすぼらしい捨て犬と涙の対面をする。くろは主人に「こいこいこい」と呼ばれたといっては、鯛の浜焼やらう巻きやらをもらってきて弟に差し出す。また、「こいこいこい」の声。今度はしおしおと戻ってきて「ボンにおしっこさしてはったんや」
中央区龍造寺町の長屋
 落語は一本の短編映画のようだと、よく思う。それも上方落語は、生き生きと大阪弁が飛び交う、のんびり懐かしい空気漂うモノクロ映画。噺家は一人で何役も演じるが、そこは達者な話術で、旦那も丁稚も犬も狐も自在に想像させてくれる。実際の映像はどこにもないのに、頭の中に描いた江戸や明治や、はたまた、いつの時代とは知れない落語の国の世界は、そうして、声を出して笑いながら記憶の底に鮮やかに焼きついていく。
 空想好きはそんなところから、落語の魅力にとりつかれ、と同時に、世界に類を見ない噺家という話芸の達人にお熱をあげるわけだが、大阪を中心に上方で上方落語を聴くもう一つの楽しさを一冊の本が教えくれた。桂米朝師匠が二十年前に書かれた『米朝ばなし〜上方落語地図』(講談社文庫)という名著。噺の主人公を上方各地に訪ねる落語から見た街文化案内で、古典落語の風景と実際の街の風景を重ね合わせる時空旅行の扉を開けてもらった。戦災を免れた空堀の裏路地を歩いて「『らくだ』が住んでいた長屋はこんな感じだったんだ」と想像と現実がつながる感覚は、小さな発見のヨロコビを伴って街を見る目を変えた。落語の世界はそんなに遠い時代のことでもなくて、十分想像できる範囲内、言ってみれば、ご当地映画のように身近なのである。

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