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昭和雑貨『そわか』。女性オーナーの酒向さんが足で集めた昭和30年代、40年代の思い出グッズがいっぱい。奥の壁には43年当時のスポーツ新聞が貼られたまま。

口を揃えて言う。
不思議な出会いのある町と。
空堀の活性化に打ち込む人たちの思いと行動、夢。

新浦・興国・カルダン

 『秋田、新浦を崩せず』——。
 町家を再生した複合店舗『惣』の二階にある昭和雑貨『そわか』。壁には住人が貼り付けていたスポーツ新聞がそのまま残っている。
 日付は昭和四十三年(一九六八)八月二十一日。高校野球夏の甲子園の準々決勝。後に巨人に入る好投手、新浦寿夫を擁する静岡商業が秋田市立高を5—1で破った。同じく大阪代表の興国高も三重高に5—1で完勝し、ベスト4への進出を決めている。
 高度経済成長期。求人広告には「鈑金工給与3・5万〜5・5万」とある。「年配の男性には懐かしいようですね。よくのぞきこんでおられます」とオーナーの酒向八智代さん。昭和三十年代、四十年代のレトログッズを並べている。
 壁で微笑む金髪美人はビビアン・リー。三色のライン入りのコップはピェール・カルダン。「かつては一家にワンセットは揃っていたおなじみのデザインです」。ああ、あこがれのハリウッド、パリの薫りよ。


占い・ヒーリングハウス『ナカヤ』。白い布で銭湯の湯気をイメージ。

元気かと弁当を差し入れ

 お隣は占い・ヒーリングハウス『ナカヤ』。島根県隠岐諸島生まれの仲谷一祐さんが「自分を取り戻したい」と商社を辞めて開業。祖母が島で営んでいた雑貨屋の屋号を受け継いだ。店内を裸足でうろうろ。「自分自身を縛りつける固定観念を解き放せば自由になれます。そんなことを話していると、お客さんは納得してしまい、占いを受けずに帰ってしまう」と笑う。
 おかげで経営は発展途上。楽しみは銭湯通い。近所の米屋さんが「元気か。お客さん入ってるか」と心配し、「これ食べえや」とこっそり商品の弁当を差し入れてくれる。
 二十年来の夢を実現したのは、小川洋子さん。一階『クーデリーカフェ』のオーナーだ。自宅は富田林市。「通うには遠すぎる」と一度は諦めかけたが、夢去りがたく決断。「若い感性で手伝って」と声を掛けた女性スタッフらと、ほこりまみれになって改装を成しとげた。ユズの香りが清涼感を呼ぶユズソーダが大ヒット。手づくりケーキも評判がいい。


『惣』の店内。

「空堀カクテル」誕生

 この夏、「空堀カクテル」がデビューした。空をイメージした鮮やかなブルー。『惣』のお向かい、八月にオープンしたばかりの『パブ・デッシャロ』で味わえる。
 宮前律男オーナーは契約時、小ぎれいな事務所仕様に改装されていた内装をあえて剥ぎとり、十カ月を費やして長屋のセルフビルドを達成。間接照明のみの異空間。床には玉砂利が敷き詰められている。リッキー宮前のペンネームをもつカメラマンで、ベンチャー精神も旺盛。「開店から半年、一年で結果を出す」。福岡出身のバーテンダー野上晋一さん、尼崎出身の料理人柴田龍治さんはともに二十六歳で、近所の住人。宮前さんが「そろそろ男になれい!」とスタッフにスカウトした。
 会社員の有馬直人さんは昨春、「空堀に住んでみたい」と転居先を探しにきた。長屋再生に挑む「からほり倶楽部」の会合があると聞き、のぞいてみたところ、代表者の六波羅雅一さんと意気投合。アート作品を街角や露地に展示する「からほりまちアート」を提案して実現、観客二千五百人を動員する。
 今年も十月二十六日、二十七日の二日間に開催する。今年一月、晴れて空堀の長屋に引っ越し、八月には有馬家にかわいい『空堀ジュニア』が誕生。イベントの本番に向け準備に追われながら「町を良くしていきたいという思いを行動で」と意気込む。


照明が美しい『パプ・デッシャロ』。

百年前はだれもが新参者

 空堀商店街に面し、親子で歯科医院を開業してきた八木ひろしさんは、空堀活性化の動きを「ありがたいこと」と大歓迎。「からほりまちアート」に築百年という事務所兼自宅の町家を開放するなど、支援を惜しまない。「百年前はだれもが新参者。新しい皆さんを歓迎するのが、大都会の田舎のよさですよ」
 フランス料理店『からほり亭』のオーナーシェフ、二道貴夫さんは昨秋、下町の人情を求めて南船場から空堀に拠点を移した。ネギの頭が突きでたスーパーの袋を提げた主婦が来店し、コース料理に舌鼓を打つ。祖父の八十歳の誕生日を親子三代で祝う家族や自転車で気軽に来店する常連さんが少なくない。
 コンサートを開き、壁をギャラリーに。店の前の道端では子どもたちが遊ぶ。二道さんは町おこしに取りくむ仲間を代表してこう話す。
「商業地域とは違い、空堀には人々の生活があります。今の暮らしはそのままに、新しい風や心地よい息吹を提供していきたい」
 オープンテラスに風が吹き抜けていく。


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