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で、今度の『安宅』の見どころは?
大槻「うーん……」
助けませんよ(笑)。ご自分の言葉でどうぞ!
大槻「……まあさ、あれだな、今まで<大槻文藏の会>では、『仲光』を演って、『望月』を演ったでしょ」
あ、直面(ひためん=素顔で演じる役)の物。それは、ある程度意図してらっしゃったんですか?
大槻「うん」
直面物の演目はお好きですか?
大槻「きらい」
うわっ、今、私の言葉にかぶって「きらい」っておっしゃいましたね?
わかぎ「なんで?」
今日、能楽NOTEでもお話にあった『苅萱』も直面の物ですけど、他の人が演りにくくなるくらい、ストイックな感じでハマリ役だったじゃないですか。
大槻「んー、きらい」
わかぎ「ふふふ(笑)」
大槻「…くしゃみがね、出るねん」
わかぎ「く、くしゃみ!???どこへ話を飛ばしはったのか、わっからへ〜ん(笑)」
大槻「それからね、瞬きをせんとこうと思うと涙が出てくる」
わかぎ「うううーって?」
すごくストイックな感じなのに、頭の中では「涙がぁあ〜!目ぇ痛いぃ〜!」って思ってはるんですか?
大槻「うん。汗かいて、涙が出て、鼻水出て」
わかぎ「汗拭くとか出来ないですもんね(笑)」

 わかぎさんが「大槻文藏の会」のチラシをしげしげと眺めている。

わかぎ「…先生のプロフィール、初めてちゃんと読んだ…いつもちっちゃくしか書いてないし」
立て続けに受賞なさって、どんどん勲章が増えてますよね。
わかぎ「かっこいいーっ!」

 照れたのか、大槻さんはいきなり雄弁になった。いや、本当はずっと答えを考えていらっしゃったのかな。

大槻「『望月』とか『仲光』とか、そういう一連の物、つまり、<現在物>というものをどう捉えるか、ということかな。そういう考え方に基づいて…うん…今の『安宅』の演り方を変えるつもりはないんだけれどもね。今回は幾分変わるとは思うんだ。でも、変わってるかどうかは見てもらわんとわからへん。見た目は変わったようには見えないかもしれん。ただ、今(普通に)演ってる『安宅』とはちょっと違うものになるだろうと、自分では思ってる」
心持ちとか持って行き方とか?
大槻「うん、だからそれは全体の組み立て方にもよるから」
その辺のところが一番の見どころですか?
大槻「さあ…(笑)。まあ、見てもらっても、そう変わってるようには見えんかもしれん」
そういう想いはお客さんにも伝わりますって!
大槻「うん…。でも、『安宅』みたいに人数が出るものになると、うまくいくかどうか、演ってみないとわからんよ」
チームワークみたいなものが必要だと…。
大槻「ある程度ね。でも、かと言って、あんまり整備され過ぎてるのもね、好きじゃない」
バランスが難しいですね
大槻「うん、そう。」

 能の『安宅』を原作として、後世、歌舞伎で創作された『勧進帳』は、現在でも人気のある演目の一つだ。

能の『安宅』は、歌舞伎の『勧進帳』とは全然違う面白さがありますよね。
大槻「うん。でも、『安宅』も、逆に、やや歌舞伎の『勧進帳』に影響されてるんじゃないかと思うんだ」
シテの弁慶の演じ方とか。
大槻「うん。だから、そういうのじゃないからね、能の『安宅』は。(歌舞伎の『勧進帳』とは)全く違うもんだから」
そのあたりが見てほしいところだと…。
大槻「まあ、それもあるけど、そういうものと<現在物>の作り方をね(自分なりに演じたい)。あ、<現在物>っていうのは、幽霊が出てこない物ね」
わかぎ「はい、わかりました(笑)」
大槻「でも、『安宅』みたいなのは(舞台に登場する)人が多かったり、曲の流れがいくつも山場があるので、持ってるもの(シテの考えや個性)が出しにくいねん。見た目の面白さが勝ってしまうからね。それだけで出来てしまうから。今回は、あんまりおもしろくなく演りたい」
それが今回企んではることですか?
大槻「ん?いや、あんまり企んでない(ニヤリ)、けど、そう思うね」

 やっと「大槻文藏の会」の見どころらしきものが聞き出せたところで時間切れと相成った。このあと、わかぎさんと二人で、若い人を育てることの難しさはどの世界も共通…てな話に花が咲くのだが、それはオフレコという約束だったので…。

 面白くない『安宅』を演りたい、という大槻さんの表現は、歌舞伎に影響された演じ方ではない、能らしい演じ方をしたいということだと思う。決して、能らしい=面白くない、ではない。なぜなら、大槻文藏は、常に、面白い能とは何か、現代の観客にアッピールする能とは何かを追求しつづけている役者だからだ。
 どんな『安宅』になるのだろう。
 大槻文藏の能。抑制された表現の中で、内側にほとばしる感情が、こぼれ出るように伝わってくることがある。『安宅』の弁慶、そして山伏たちの心情が、静かに伝わってくるような『安宅』なのだろうか…それが、はたして観客に伝わるのだろうか。今回の『安宅』は、大槻文藏の密かな挑戦なのである。

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