|
簑助師匠は、当時は新進気鋭ですよね?
「33才でしたから若いですよね。でも、もういい役を遣ってましたね。今は立女形(たておやま)として知られていますが、若い頃は立役(男役)も両方遣っていたんです。親父は、簑助師匠の才能も見抜いていたし、いろいろな役を経験しておいた方がいいと考えていたようですね」
実際、弟子入りしたのはいつ頃ですか?
「中学3年生の7月、昭和42年です。もう36年も前。中学を卒業するまでは、文楽協会研究生ということで、卒業した4月に正式に文楽協会の技芸員になったんです。初舞台は、大阪毎日ホールでやった『壇浦兜軍記』『阿古屋琴責』の水奴の役。そういう端役をちょっとやらせてもらいつつ、まずは足遣いの修業からですね」
正式に弟子入りしてから、何か変わりましたか?
「それは厳しいですよ。失敗したら怒られる。当たり前です。3回同じことで怒られたらダメ。その失敗を取り返すのは、かなり大変だった。しんどかったですよ。足遣いなんて人間のする姿勢じゃないですし。常に中腰で、無理な姿勢がずっと続く。頑張っても頑張っても怒られるし。なんでこんな格好をせなあかんのか、と思うとやってられない」
辞めようとは?
「その苦しさが喜びに変わる瞬間があるんです。一回それを味わうと辞められなくなる。身体的にしんどい、苦しいのは、どうでもよくなるんです。そうなると“しめたもん”ですよ。でも、そこにたどり着くまでに辞めてしまう人もいる。本当に足遣いが面白いと思えるようになるまでにくじけてしまう。もったいないですよ。もうちょっとがんばれば、その山を越えれば…ってこっちは思っていてもね、なかなか続かない」
足遣いが面白いと思えるまで、どのぐらいかかるのでしょう?
「ひとつの山を越えるまで、5〜6年ぐらいでしょうね」
5〜6年! イマドキの子には長く感じるかも。
「それまではしんどいです。“苦しい”を“楽しい”に変えるのは、自分しかいないですから。誰も手伝えない。5〜6年を越えると、そりゃ楽しいですよ、足遣いは」
そんなに楽しいのですか、足遣いが?
「3人の人形遣いは3分の1ずつ仕事をしているわけわけではないんです。主遣いがよければ、いい動きができるというものでもない。足遣いは、半分ぐらいの責任を負っているんです。『オレがこの人形を遣かっている。コントロールしている』って思えるようになれば、そりゃ面白いですよ。それには技術が必要。腕がついてくればどんどん“いい足”がまわってくる機会がぐっと増える」
“いい足”とは?
「主遣いが優れた遣い手の人形の足が遣れるんです。そういうのは、だいたい主役級の人形です。主遣いも、いい足遣い、左遣いが欲しいですから、出来る足遣いはどんどん引き上げてくれる。そうなると経験も積んで、どんどん良くなるよね。それからは、足遣い同士の競争。同じように『絵本太功記』の手伝いから入った吉田玉女くんらは、いいライバルでした。あ、あいつは今度、あんないい役の足をやるのか、悔しい〜、次はオレが遣るぞってなるんです。船底(文楽の舞台のうち、人形遣いが立つために一段低くなった場所)では、足遣い同士が火花を散らしているんですよ。お客さんには見えないけれど(笑)」
そうでしたか。これからは、足遣いも注目しながら舞台を見てみます。
すっかり「文楽」に魅了されてしまった吉田簑太郎(桐竹勘十郎)さん。次号は、さらなる修業時代から三世桐竹勘十郎を襲名するに至るまでをお聞きします。
人形浄瑠璃 文楽4月公演
4月5日(土)〜27日(日)
16日休館日 17日より第一部と第二部の演目を入れ替え。
第1部 11時開演
景事『面売り』
吉田簑太郎改め三世桐竹勘十郎襲名披露 口上
襲名披露狂言『絵本太功記』
『紙子仕立両面鑑』
第2部 4時開演
『妹背山婦女庭訓』 |
 |
|