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外国館で驚嘆、絢爛多彩な科学の成果。

参考館〜アンドリュース・ジョーヂ館〜加奈陀館        

「これが、あの……」
 と博三、名高き発明王エジソンの開発せし蝋管式蓄音機の前でしばし絶句。
「叔父さん、さっきから立ち止まってばかり」
 見るべき物はまだこれからと花子。二人は今、諸外国の展示を集めた参考館内にあり。内国博でありながら欧米清韓諸外国人をして出品の自由を得せしめ、万国大博覧会開設の素地をつくりたる参考館こそ出色と云うべし。瓦斯(ガス)温水器、暖房機、織布機、蒸気機関、発電機、自動瓦斯発生機、鑿岩機、輪転機等々、新時代を招来する機械群の絢爛多彩な陳列に博三の足は遅々として進まず。
「欧米にはいったい何人のエジソンがいるんや」
 と、博三ため息をつく。
 そんな叔父を置いて一人、文具品展示の前に来た花子は万年筆の美しさに心奪われる。シャープさと流麗さを兼ねた婦人用のデザインに惹かれたのは、彼女が新時代の働く女性をめざしていた所以なり。かくして千七百五十坪に及ぶ広大な館内で二人は一旦はぐれて後、人波越しに互いの姿を発見す。
「叔父さん、どちらへ」
「おやおや、あんたこそどちらまで」
 参考館に近接して建ち並ぶ外国館に、ホーン館、シーワインベルゲル
館、マッフェー館、ヘルラー館、加奈陀館、アンドリュース・ジョーヂ館等あり。次に二人の目に止まりたるは星条旗はためく米国アンドリュース館。此処で目覚ましきは蒸気、電気自動車の展示なり。中でも電気自動車は館の内外に木道を架して運転実演せしめ、眺めて飽きることなし。四人の乗り手を悠々運ぶ機械力に驚嘆す。その他、二分間で温湯を得る沸湯器、冷水温湯シャワーバスの前で、博三「便利すぎると女房、暇をもてあます」と云えば、花子「文明開化は家庭からやわ」と返して討論となる。カリフォルニア葡萄酒協会の葡萄酒の陳列まで来て仲直りしたのは、早くも互いに空腹を覚えた由による。
「パンを買いましょう」
 花子はクラスメートとの来館時に持ち帰った加奈陀館のパンの美味しさを叔父に力説。和食一辺倒の博三も食欲をそそられる。英国領の加奈陀館は農産品で屋根を装飾した独特の外観を形成、館内中央には農産物冷蔵庫をしつらえ、林檎の甘い香りが芬々(ふんぷん)と匂ひわたる。その周りに太平洋航路の写真と油絵あり。一方にパン製造所を設け、パンを焼きて入場者に頒布せり。博三、買い求めたパンをその場でかじり、花子にたしなめられる。別にバターの製造装置を見る。
「明日の朝はバタートーストと珈琲をいただきましょう」
 と花子。文明開化はまず食卓からと知る。

アンドリュース・ジョーヂ館。
アンドリュース・ジョーヂ館館内。護謨(ゴム)タイヤの米国製自転車がモダン大阪のペダルを漕ぐ。円内は自動車。
一角高く樓屋を構えしヘルラー館。
発明品で埋まる参考館。モダン大阪建設の参考なり。

味の博覧会で食した異国のランチ。 台湾館

昼食休憩の場に花子が案内したるは 台湾館(※)。丹碧の彩り眩く連なる樓門が陽光に照り映える威容に、博三少なからず感歎す。
「此処の台湾料理店は料理人も彼の地の人やて」
 と云う花子が席について開くメニューに『台湾料理は世界各国の料理中最も優れりと聞こえあり』の一語見ゆ。博三、外国館で観覧せし葡萄酒、珈琲、ウィスキー、果物、缶詰等に言及し、
「すわ味の博覧会と云うべきか」
 と。さて、鶏絲白麺(コエシイペエミイ)、紅焼魚(アンショウヒー)、酒魯魚翅(シイローヒイチイ)等々見慣れぬ名前の中から二人が選んだのは、炒虫卜白麺、拾五銭なり。海老入りのソバと云うなり。博覧会入場料より高けれど、口に運べば意外と日本人好みの調味にしてやすやすと平らげる。なるほど開店以来千客万来、評判の味と二人得心す。
 台湾館の陳列は該地の常服、婚姻正装、貴族婦人、僧侶などの風俗人形、さらに地理、歴史、祭祀、年中行事等の明細写真図等あり。関羽将軍を祀る篤慶堂には、博三いたく感激せり。花子は売店のにぎわいに注目。鳥籠茶、包種茶、芭蕉飴、芭蕉煎餅、茶器、陶器、竹細工等、物色す。その後、二人で入りし喫茶店に眉目秀麗なる台湾の少女あり。清涼なる風装と楚々たる愛嬌を以って鳥籠茶、包種の茶を煎じ、珍果を添えて接待す。博三、またもいたく感激し、花子の微苦笑を誘うなり。
※ 当時、台湾は日清戦争後に得た新領土として日本の統治下にあった。

喫茶会での記念撮影。
喫茶会の豪壮ぶりを伝える絵葉書。

文化の精華、美の殿堂。 美術館〜噴水〜戎ビール館

 美術館は大通路から坂を上がって突き当たり、茶臼山の森林の蒼々として清らかなるを背に、会場の全景を一望する好立地に飄然としてあり。館内展示と併せて心ある人の興趣を誘うものなり。台湾館で食欲満ち足りた二人、文化の香りを呼吸せんと美術館を訪ねり。日本画、洋画、彫塑、美術工芸、美術建築の図案及び模型等、陳列は館内を埋め尽くす。評判高き岡田三郎助描く一連の裸体画の前にとまり、花子は習い覚えたる洋画の知識を得々と博三に披露す。姪の悪戯に叔父、頭をかくばかり。前回博覧会の如く裸体画展示をめぐって沸騰した欧化主義と道徳主義の衝突による議論は今、二人の間で笑いとなれり。他には、美術工芸品中のゴブラン織壁掛の美しさ、精緻さに驚くべしと両人の意見珍しく一致す。
 美術館前の楊柳(ようりゅう)観音大噴水のかたわらで二人、しばしの涼をとる。池の中央の巖頭に一丈六尺の楊柳観音立てり。左に柳の枝を携え、右に水の噴きあふれる瑠璃瓶を持つ。巖の下には三体の裸体童子、三羽の鵞鳥(がちょう)が水に戯れる。その構図の是非について、花子、博三しばし討論す。旗色悪くなり、喉の渇きを訴えた博三、池の向こうに臨むビア樽の形した戎ビール館へと姪を誘う。花子、この時初めてビールの味を覚えたり。

「美術館は本館とは全く絶縁の地点に別在致し候」と報じられるがごとく、美の追求のため立地にも留意されり。

典雅なお姿で水辺に出現された楊柳観音像。後方中央にて巨大なるビール樽のごときが戎ビール館なり。その左が八角形の奏楽堂。

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