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水に流す命、流せない思い 西尾雅
生命維持に最低限必要な水。食物以上に切実な水だが、人はコミニュケーションも生きるために欠かせない。水でもの足らずお茶を望み、次は熱い冷たいを選択し、さらにはフレーバーティをと要求を上げる。愛もまた同様であるらしい。好きで一緒に暮らす次の日にはもう齟齬を生じ、やがて暴力を振るう。幸せなのに、さらにないものをねだり、ついには自分を見失う。

ユニットバス付きのワンルーム。下手のバスルームが客席の目の前、便器だけでなく配管もリアル。帰宅した美奈子(川畑)は留守中に家に侵入、トイレにこもった男に驚く。実は離婚した元夫の和洋(白井)だがトイレにかくまって欲しいと無理をいう。ただでさえ狭い部屋に妹(坂田)が故郷からころがり込んで来たばかり。水商売のバイトをしている妹は昼夜逆転の生活、ちょうどひとつの布団を分け合っているが、和洋の頼みは断るしかない。が、短い間だけと押し切られる。

部屋を訪れる面々。妹の同僚で、相乗り自転車通勤する愛(冨永)。妹と同伴出勤する客の工藤(菅本)。隣に住む沙織(竹田)。愛は同棲中の男から暴力を受けるが、それで結びつきを確認している様子。妹は知らない相手と携帯メールで写真を交換し合う。彼女らの奇妙なコミュニケーションに姉の美奈子はついてゆけない。

トイレにひきこもった和洋も、暴力でコミュニケーションするクチ。新しい恋人(中村)の首を絞め逃げて来たとわかる。が、妹が写真交換する相手のアドレスに和洋は驚く。殺してしまったはずの恋人本人だったから。驚く彼の目の前に当の彼女が現れる。首を絞められた後で蘇生したこと、残されたノートからアドレスや住所を知ったことが明かされるサスペンス仕立てがスマート、純文学な告発劇と一線を画す。

さらに、和洋こそ逃亡中に交通事故に遭って意識不明とドンデン返しされる。和洋の肉体は病院にある。写真に写らず、乾きを訴えるが飲物を口にしない理由もそれ。そしてついに死を迎える。死者となった和洋はバスルームから出て部屋の外に立ち、ただ見つめる。美奈子は便器の蓋に残されたコップのカルピスをトイレに流す。

白いカルピスは精液を連想させる。あるいはミルクを想像させ、赤ん坊や母性を思い起こさせる。和洋と美奈子の離婚原因は、経済的な店の失敗でと説明されるが、語られない多くの原因が推測される。妊娠をめぐるトラブルや家庭内暴力、中絶で流された幼い命が原因とは読み過ぎだろうか。

衝撃なのは、夫婦・恋人間の暴力が逆に関係をつなぎとめる確認とする風潮。なぐられたアザを生きがいと思えたり、メール交換の強迫観念に駆られるのを異常と思う方が異常なのだろうか。

ともあれ人はいつか死ぬ。かつて水から得て、水から陸に上がった生命が、水と共に流れ、水へと還る。共に生き、住み、愛し、憎んだ思いも排水される。すべては水に溶け、いつかまた水の中を出る日を待ち続ける。

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■演劇フェス「還る鮭たち」
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