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小劇場感覚で展開する宝塚スペクタクル 西尾雅
昨年星組「ロマンチカ宝塚'04〜ドルチェ・ヴィータ」でヴェネツィアを舞台にめくるめくストーリー性あるショーで気を吐いた荻田が、今回は1920年代、まだフランス統治下にあるモロッコから壮大でエキゾチックな美学を見せつける。宝塚はよく夢々しいと評されるが、小劇場をよく観ていたという荻田は現実と幻想をない交ぜる手際に独特の嗅覚を持つ。唐十郎や野田秀樹、鴻上尚史らが得意とした時空の転換、同時進行が宝塚流のゴージャスなスタイルでくり広げられる様は圧巻。

特長はていねいに背景まで書き込まれた多数の人物、その群像処理に長けること。出演者の多さは宝塚の常だが、歌劇団独自のヒエラルキーを生かしつつ各人の性格に合った登場人物を造型する。砂漠に接する町マラケシュは多国籍の異邦人が吹き溜まる地の果て、生と死の境界。恋人の罪を被って追われ、詐欺まがいの商売を営む東ヨーロッパ出身の主人公リュドヴィーク(春野寿美礼)。彼をかくまうホテルオーナーのコルベット(夏美よう)はコルシカマフィア。そこへ砂漠調査のイギリス測量隊遭難の報が入る。技師クリフォード(彩吹真央)の行方不明が心配で新婚の妻オリガ(ふづき美世)もはるばる駆けつける。オリガは元ロシア貴族だが革命で亡命、パリでイギリス貴族の夫と知り合う。捜索のため異郷に赴くオリガの勇気をクリフォードの姉(水月舞)は誉める。が、オリガは夫を愛しているからではなく、愛しているかどうか確認したいからと答える。

運命に導かれるようにリュドヴィークの元恋人イヴェット(遠野あすか)もこの地に来る。パリの花形レビュー女優も今は落目、付人(矢代鴻)ひとりだけが伴う。イヴェットの後にはしつように彼女を付狙うドイツ人ギュンター(蘭寿とむ)の影がある。いっぽう、マラケシュでレストランを経営するレオン(樹里咲穂)には店のダンサーでもある恋人ファティマ(華城季帆)や母(京三紗)もいるが、故郷を脱出しパリに行く夢を捨てきれない。野望のためにはペテンを犯しかねないレオンの見張りを警察長官クロック(萬あきら)は緩めない。レオンが地元ベルベル人と白人の混血という偏見ゆえに。差別は砂漠を旅するベドウィンにも及ぶ。リュドヴィークは彼らに分け隔てなく接する珍しい白人。彼を慕うベドウィンのイズメル(愛音羽麗)、アマン(桜一花)兄妹は砂漠で拾う薔薇に似た石を譲る。美しいがただの石、それを高く売ってリュドヴィークは稼いでいる。

物語の鍵となる薔薇の石。それは亡命の際、オリガが持ち出せた唯一の財産である宝石にそっくり。金の薔薇と呼ばれる宝石を巡って人間関係がもつれ錯綜し、運命が変転する。中盤の壮大な回想、時空転換が最大の見どころ。全盛時の女優イヴェットの下には賛美者やパトロンが引きも切らない。が、彼女が恋人に選んだのは貧しいリュドヴィーク。いっぽう、オリガの伯母(梨花ますみ)はパリの生活に困窮して金の薔薇を売ってしまう。手に入れたコルベットの使いでリュドヴィークは宝石をイヴェットに届ける。自分が贈り主でないふがいなさを彼は嘆くが、この一件を気に入らぬ人物が他にも。出し抜かれたパトロンのひとり(大伴れいか)は嫉妬に駆られてリュドヴィークともみ合う。彼を助けるべくイヴェットが撃った弾でパトロンは死ぬ。彼女をかばい、罪を背負ってリュドヴィークは逃亡するが、2人の関係は終わる。オリガもまた失恋の失意にある。彼女が恋したバレエダンサー(眉月凰)は財産目当て、亡命貴族のオリガに金がないと知るや去って行く。パリの雨に打たれ悲しむ彼女は、やがて結婚することになるクリフォードと出会う。

お互いの過去を語り合ったリュドヴィークとオリガは金の薔薇を巡る運命の不思議な一巡を知る。失恋のショックからクリフォードと結婚し、愛の確信を持てぬままのオリガ、リュドヴィークも愛では救えなかった恋の終末に後悔を残す。2人の時間はパリで止まったまま。だからまた2人してパリで始めよう。傷ついた心を癒すかに燃える2人。失われた時間を埋めるように。終わった恋をまた始めるかのように。

行方不明だが、現に夫がいるオリガの恋は不倫だが、宝塚らしい純愛ともいえる。性描写や過激な表現はご法度、いわゆるすみれコードをほんのわずか越境しながら「愛こそすべて」の雰囲気で包む。現代性と伝統が絶妙のバランスで釣合う。反骨を失わずに商業的成功を収める現在の小劇場の創造力と同じ感性がそこにある。

リュドヴィークとオリガがパリの将来を語る時、レオンもパリの夢を話す。2重性と同時進行は小劇場でおなじみ。どちらの計画も悲劇の予感を孕み、スリリングな展開で従来の宝塚をイメージを覆す。パリは叶わぬ夢、果たせない無念、悲しみの前兆。架空の暴動をデッチ上げたペテン師レオンの夢想は、パリに行けない恋人ファティマの密告で挫折、あげく仲間(高翔みず希)にも見捨てられて死ぬことになる。

リュドヴィークの夢は宝石コレクターのギュンターの手で砕かれる。彼こそイヴェットに金の薔薇が渡ったことを怨むもうひとりの男。鑑定家でもある彼は芸術をわからぬ者が宝石を手中にするのを許せない。イヴェットはストーカーの彼に脅えて自殺を図り、金の薔薇をリュドヴィークに戻す。宝石に執着するギュンターに襲われたリュドヴィークは傷つきながら応戦し、ギュンターを倒す。が、深手を負い瀕死の彼はオリガに別れを告げ、金の薔薇を残して去る。

演出のキモは時空の劇的な転換にある。リュドヴィークとオリガが抱き合う、その直後に夫の死が報じられる。誤報と後にわかるが、愛の愉悦直後に知る夫の死に自責と背徳の後悔が襲う。急降下する感情、運命に揺さぶれる人の弱さを活写して鋭い。が、死んだと思われたクリフォードは、砂漠へ去るリュドヴィークとすれ違う際に薔薇の石を受け取り、奇跡の生還を果たす。身ひとつのクリフォードは石をオリガに贈り、彼女に新たな出発を誓う。

物語は華麗にリセットを遂げる。時はいったん巻き戻され、すべてがゼロからまた始まる。無数の歯車に似たひとりひとりの人生。噛み合い、お互い影響し合って回る歯車のような人間関係。精緻で壊れやすい歯車は、ときに狂い、止まり、逆回りし、また回転を始める。停止していた歯車もやがて復活し、オリガは再生する。砂漠の死地を脱したクリフォードや自殺未遂をくぐりぬけたイヴェットも蘇る。死んだレオンとリュドヴィークの魂は、別の地でベドウィンのように放浪を続ける。

パリの回想シーンで、レビュースターだったイヴェットはDNAに似た螺旋階段から登場する。過去と未来、生と死は不連続のスパイラル、辺境マラケシュこそ異世界の通路。再生する者と漂泊し続ける者の交差する場。リュドヴィークは留まるところなく永遠を彷徨う。

薔薇に似た宝石とただの砂石、そっくり同じ2つの石の違い。人が交換するその価値。似て非なる2つの薔薇、金銭的芸術的に価値があるはずの宝石が俗を、ただの石が純粋な愛と生命を象徴する。人の欲望が宝石を堕落させ、詐欺の素材である石に美を見て取るオリガやクリフォードのピュアさが生命を蘇らせる。俗と聖は反転し、価値は劇的に転換する。

薔薇の他に作品を彩るモチーフが蛇の化身(鈴懸三由岐)。異形のダンスで人々の輪に忍び込み、警告を発す。まるで砂漠の使者が、侵略を図る人間に危険や邪悪、不安を予言するかのように。他にオリガに付き添う弁護士やコルベットの娘ソフィア(桜乃彩音)など脇役もスパイス効く。娘はリュドヴィークを慕うが一時のあこがれ、いつしか弁護士(未涼亜希)と本当の恋に落ちる。イヴェットが実は付人ソニアとコルベットの隠し子という秘密も明かされる。イヴェットはリュドヴィークの元恋人、ソフィアに対抗心を燃やすが、実は腹違いと知らずの姉妹喧嘩。若さの特権である無知と向こう見ずが隠し味となる。

まさに座付き作演出家ならではの登場人物全員への配慮、それだけの大人数を破たんさせない巧みな劇構造、盆回しやセリなど宝塚の劇場機構を駆使したスペクタクルな展開は若手屈指の演出力。34歳の荻田は94年宝塚入団、97年演出家デビュー、99年月組「螺旋のオルフェ」で大劇場デビュー。「新版・四谷怪談」(02年)や「ウィンターローズ」(03年初演)など外部演出も多く、現実と幻想が混在する舞台に手腕を発揮する。

特筆すべきは音楽の斉藤恒芳、通常はオーケストラの生演奏だが、荻田演出ではオーケストラと並行して斉藤の多重録音が使用される。雨音など音効を強調した多彩な旋律が、マジックのごとく観客を異世界へ引き込む。モロッコ街角の屋台で響く音色も通奏低音のように耳に残る。耳奥でリズムが蘇るたび、月の光の下、移動するベドウィンのキャラバンにリュドヴィークの姿を見たのは現実か幻か。そして思う、あれほど朝を脅えたオリガは夫クリフォードと幸せな朝食を共にしているのだろうか、と。舞台こそ一場の夢、けれど荻田の手で紡ぎ出された幻からはまだ覚めそうにない。

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