|
|
|
|
|
|
|
パフォーマー
|
|
会場
|
|
|
公演日
|
|
足を止めないアンサンブルの感動 |
西尾雅 |
劇団名の由来は将棋の「ト」が「金」に成ることを目指すから。その心意気全編にあふれ、カーテンコール時の汗と涙は一際さわやか。歴史薀蓄を得意とし真田十勇士や写楽、平賀源内、徳川秀忠などに材を取るが、史実を徹底的に換骨奪胎、現代の青春群像劇に焼きなおす。各人の熱い生き様に作者のメッセージは明確だが、説教臭や押しつけがましさ皆無なのがいいところ。そこが劇評家に黙殺されている某人気劇団と似て非なるところ。飴箱を意味するその劇団の実は私もサポーターなわけだが、元先生の指導がときに鼻につくのも事実。その劇団では製作総指揮による選曲が重要な位置を占めるが、ト社(劇創ト社の略、以下同)でも全編に流れる音楽がポイント。BGMではなく大音量でボーカルが入り、ときにラップで大量の言葉も流れる。それが台詞の邪魔とならず、心理描写を重層化する。小道具を使わないのも特徴で、物語の重要な鍵となる宝刀すら役者のマイムであるように見せ、音効で迫真の殺陣を実感させる。布をまとうだけで敵役に早替り、複数を演じ分けるのもお手のもの。2時間超える上演時間を全員出ずっぱり、建築足場のパイプを組んだだけの装置を駆け回り、足場の上から飛び降りて運動量も並じゃない。社会は主役だけで動くのではない、アンサンブル全員動き回る舞台が、ト社の歴史観を裏づける。真理はひとつでなく、多様な価値観が並存する現代。勧善懲悪のエンタメでも歴史を教訓とするのでもない。ト社流に読み解く物語は今日をただ映す。今を生きる喜び、その賛歌なのだ。自分たちのスタイルを貫く姿勢は潔く、ひたすらカッコイイ。滝沢馬琴の原作ではこう。安西景連に攻められた里見義実が、景連討たば伏姫を娶らすと飼い犬の八房に約し、いざ果たせば八房を裏切る。あくまで約束を守る伏姫は八房と山にこもる。里見家は滅び、お家再興を願う忠臣・金碗大輔により八房は撃たれるが、姫も流れ弾で死ぬ。が、妊娠中の姫の死に際し「仁義礼知忠信孝悌」八つの玉(本作では宝刀)が飛び散る。その玉を生まれながらに持つ八人の勇士が里見家再興をめざす。今回はプロローグにあたる伏姫のロマンスに絞り、八剣士の武勇伝は続編を予定。八房を犬ではなく被差別の一族とし、彼らに育てられた親兵衛が伏姫と出会う。非人とされた者と高貴な娘の愛に大胆に書き換える。むろん差別の非人間性を声高に啓蒙したりはしない。純粋な愛の強さをただ描く。ロミオとジュリエットならずとも古今東西、身分差別や敵味方の障害を背負う愛こそが社会の旧弊を打ち破る。制度の矛盾を衝くのは常に魂の震え。親兵衛ですら姫の正体を知るや自分も愛しているにもかかわらず、姫の愛を受け容れることをためらう。彼をうながす姫の欲得のなさ。いつも強いのはオンナ。たおやかな姫を体現する梅崎の純粋さがまぶしい。親兵衛(澤)と兄妹のように育った志野(山口いずみ)が嫉妬から敵に加担するのも、せつない。夫婦喧嘩絶えないが実は仲いい源弥(土性)・桔梗(山根)のカップルもありがち。妾腹ゆえの景連(福山)の野望や景連と定包2人の男を手玉に取り弟・大輔にも秋波を送る玉梓(田所)の色香など悪人の描写も魅力的。客演の妙に、さすが関西小劇場役者陣を知り尽くすコーディネートがうかがえる。今後を担う澤、梅崎をベテラン山口敦志、和田、千都穂が支えて頼もしい(山口敦志は今公演で退団)。動きの多い男臭い展開だが、女優の気風良さも際立つ。ラストまでまったく足を止めず舞台狭しと駆け巡るアンサンブルが何より感動的。
|
|
|
|