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メタシアターの暗喩 西尾雅
冒頭、男女2人が脚本タイトルを競う。どちらが本当の作者でどちらが覆面か不明なまま、その芝居2本が演じられる。作者を名乗る2人どちらかの手になる2つの話は交錯。同時に2つの話を入れ子に別の話も進行する。それは解散した劇団のひとりに届いた脚本にまつわる話。解散の原因ともなった劇団員の命日に元劇団員全員に内容が公開される。

劇中劇2本と脚本をめぐる作者と元劇団員それぞれのエピソード、計4つの話が並行して展開。それも全キャスト2役で。非ユークリッド幾何学と石の生成を素材に、平行線は交わり石ひとつに地球の歴史が刻まれているという哲学を演劇で証明する。

大学写真部の合宿、傍にいる恵(横田江美)を邪険に扱う司(新城アコ)。実は2人は同性愛の仲、恵は自傷癖のある司を心配するが、司はDVのセオリーどおりに恵をイジメ、蹴り、果ては海に飛び込めと脅す。自死願望と依存で周囲を混乱させる司を他の部員は見守るしかないが、恋人のいない新入生の菊池(幸野影狼)こそいい迷惑、彼女らの仲直りの陰で格好のからかいの的にされる。

もうひとつの自称芸人の話。バイトも続かず、受けないプロレスネタを路上コントする弦巻(内藤隆)にたったひとりのファンが。マネージャーを自称する香織(高依ナヲミ)はまだ高校生。香織の姉と弦巻は従兄妹、祖父同士が決めた許婚だが、本人たちに結婚する気はなし。一方的に路上ライブをセッティングする香織のおせっかいに弦巻は困惑している。

以上2本の劇中劇の脚本が元劇団員の橋本(泉寛介)に送られて来たという。自傷癖の末に事故死した元劇団員・佳世子の命日に披露された脚本は死者の作風そっくり。彼女の死後に部屋を借りた林(幸野)が、佳世子(横田)の幽霊の代筆をしたとのこと。脚本タイトルを争う冒頭シーンがこれで了解される。中身は佳世子のものだが、表向き作者の林も意見を述べたわけ。だが、佳世子の幽霊による脚本という説明は、元劇団員を召集した橋本のフィクションと皆に見抜かれる。

林は橋本の作り出した架空の人物、つまり林=橋本のアナグラムが示唆となり同一人物と謎解かれる。本作全体に全員1人2役の仕掛けをほどこし、劇中劇の作者探しに2人1役の答を仕込む。衣装を着替えて2役を演じ分けるキャストの中で、林/菊池と佳世子/恵の2人だけが同じ衣装のまま。林と菊池は共に橋本の創作した人物、いわば橋本の分身だが、ここでは女性2役に注目する。

彼女らの違いは、司の自傷を止める恵が無傷で、既に死んでいる佳世子が自傷を隠すリストバンドを手首に巻くことだけ。自傷のはずみで死んだ佳世子と司の自傷を諌める恵を同じ女優が演じる。死んだ佳世子そっくりの恵なればこそ死を止める行動に説得力がある。「決定的な失策に補償などありはしない」覆水盆に還らず。相反する役を1人が演じる2重構造が、自死の愚かさを強調する。死は自分だけのものではない。喪失を受け入れるのは周囲の方。メタシアターの俯瞰で捉える構造が死の無念さを立体化する。

大量の失血痕を残し行方不明になった司を写真部員総出で探すが、司は自力で病院にたどり着き、生還する。佳世子は死んだが、司は生き残る。あくまで橋本の創作の中でだが。仲間を失った元劇団員の動揺が、写真部員の必死の捜索に重なる。起こったことは変えようがないが、希望は次に託せる。佳世子の無念は異なる世界で生かされる。

売れない芸人・弦巻がプロレスネタにこだわるのはレスラー志望だったから。いったんあきらめた夢に彼は再挑戦する。生きていればこそ希望もある。ラストで弦巻の路上ライブで入場テーマを流すラジカセにピンスポが絞られる。登場のチャンスがそこに暗喩される。石収集が趣味の菊池によれば、石にも地球と同じ歴史がある。砂に砕け、マグマに溶け、石に固まる。変化を永遠に繰り返す。平行する世界のどこかでテーマソングを鳴らし登場する次の機会が人にもある。

完成されたパズルは曼荼羅のよう。エッシャーの絵をほうふつさせる。黒白逆パターンの並列や表裏つながれたメビウスが舞台で出現する。エッシャーは幾何学を美術で表現し、A級Missng Lingは哲学と演劇を多元世界で融合する。

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