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水鏡の幻想 松岡永子
 少し変わった舞いが見られる『猩々乱』、今回はさらに双之舞の小書(演出)付き。
舞うのは大西礼久、吉井基晴両氏。

 『猩々』はそれほどドラマチックな物語ではない。唐の酒売りがいつも来る不思議な客におまえは何者かと尋ねると、海中に棲む猩々だと答える。次の日浜辺で待っていると猩々が現れ、酔い舞ったあと、親孝行な酒売りにいくら汲んでも酒の尽きぬ壺を与えて寿ぐ。お話よりも猩々の舞がみどころだろう。

 一匹(一人?)の猩々が招くような仕草をすると、それに従ってもう一匹の猩々が現れる。一匹は舞台上、もう一匹は橋掛かりで舞う。面を着けているので互いの姿が見えるはずはないがみごとに同調した動き。頭を振る仕草までぴたり。わたしは地謡に近い前の方に座っていたので、舞台上の猩々と橋掛かりの猩々がほどよく重なって視野におさまった。
 猩々が頭を振る仕草に、水にぬれた犬が身体を振るう姿を連想する。『猩々乱』ではつまさき立ってするすると動く。しっかりと床を踏むことの多い能にはめずらしい動き。『鵺』でもつまさき立つ動きがあるから、これは水にいることを表すのだろう。確かに水を想う。そしてなによりも、二匹が同じ動きで舞っていることが水を想わせる。
 二匹の猩々が舞っているというよりも、水鏡に映っているように見える。ほとんど同じ動きがわずかに違うときも(回転する方向は同じなので鏡像にはならない)、違うというよりゆらぎだったように見える。鏡像を見ている錯覚がゆらぐ。水面に波が立ったような感覚。
 幻想という言葉がふさわしい、ふしぎな感覚に漂う時間だった。

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