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闇の中に映し出す人の真実 西尾雅
くじら企画は劇団ではなく、作・演出の大竹野が主宰するユニット。一期一会を標榜し、公演ごとに役者を招集するが、おなじみの顔ぶれが今回も揃う。つき合いの長い役者陣は劇団員以上に、作者の文体が身体に染みついている。ウイングフィールドのような狭い劇場で空間がゆらぎ、異世界が噴出する瞬間に立ち会ったことはあるが、極上のアンサンブルは広いアイホールをもただならぬ妖気で包む。得体の知れない霊気が舞台から漂い出すのを目撃したのは私だけだろうか。

くじら企画には、犯人の心理を劇で分析してみせる犯罪シリーズと例えば内田百間のエッセイを舞台に立ち上げる文学シリーズの2つの大きな流れがある。今回は後者で、阿佐田哲也のペンネームも持つ直木賞作家・色川武大の私小説を構成したもの。父の介護と妻の浮気の板挟み、おかげで筆が進まぬ作家(戎屋海老)が主人公。元軍人の父(モリタフトシ)は頑固一徹のまま痴呆が進み、母(石川真士)に暴力を振るい同居する弟(九谷保元)夫婦に面倒ばかりかけている。妻(小栗一紅)は若い男(栗山勲)に夢中。病気がちの作家としては離婚はむしろ本望、彼と妻を再婚させようと影で男を応援して屈折した笑いを生む。

両親を見舞うべく実家に戻った作家は、この家で過ごした過去を思い出す。弟を引き連れ遊び呆けた浅草の演舞場、家の下に巨大な防空壕を掘り抜いた父の底知れぬエネルギー、戦争孤児に混じりバクチに明け暮れた無頼の戦後。さまざまな思い出とナルコレプシーの幻想が交互に作家を襲う。睡眠障害の作家は突然の睡魔の度に幻覚の女(藤井美保)に出会う。誘うのか拒絶するのかわからぬまま彼を翻弄する女は幻想に過ぎぬが、現実の妻も離婚後すぐ世話をしたいと舞い戻る。元妻の本心はどこにあるのか。いつだって女は男にとって永遠に手の届かない幻なのだ。

世間や仕事を見下す父は日露戦争の恩給暮らし、晩婚のため親子の歳は祖父孫ほども離れる。保守的な父に家族はそれまでも窮屈を強いられたが、年老いてからの妄想が父を苦しめ始めると、その狂気にいやおうなく家族も巻きこまれる。熊の襲撃から皇居を守ろうと身ひとつで家を飛び出す彼の発作は、この国がアメリカ相手の戦争に至った大東亜共栄圏という誇大妄想に似ている。何が正しく、勝算がどれほどか、朦朧とした頭に判別のつくはずもない。

仕方なく父は施設に預けられるが、帰るべき家を失った父はすぐに死ぬ。施設に預けざるを得なかった弟と「ここは父の家だから」と反対した兄は子供の頃を懐かしむ。戦争の影を帯びた暗い時代、学校をサボり、無断で質入れした着物の金で浅草に通った日々。バレれば父親の雷は必至だが、弟と分かち合えたそれは至福のひと時。成長して弟に実家を譲るが、戻った実家で兄は「家に帰りたい」とつぶやく。むろん改装された今の実家ではない、浅草で毎日を遊び暮らしたかつての家をそれは指す。彼の頭の中では、今もエノケンの歌が響いているのだ。

戦後、焼け跡の闇市でバクチ打ちになった兄(子役・川田陽子)は無頼の渡世を生きる。病気持ちの兄に変事あれば、真面目一途の弟(子役・後藤小寿枝)は終生面倒を見るつもりでもいた。が、幸か不幸か兄は売れっ子大衆娯楽作家になり、併せて私小説を書いて賞も取る。ラスト、発作に倒れもはや意識のない兄に向かって弟は作家になったことを責める。「バクチ打ちならまだ良かったのに」と。弟にとって作家はバクチ打ちにも劣るのだ。

自らの闇を、家族との葛藤を突き詰め、真実を書かざるを得ない作家の性分。例えば殺害された遺族に事件の詳細を尋ねれば「静かにしておいてくれ」といわれるに決まっている。真実の追究とは、傷口をまた広げ、深奥を覗きこむことに他ならない。ルポライターや作家は嫌われて当然、彼らは進んで人の闇を見つめ、その業を背負うのだから。

くじら企画が犯罪をよく取り上げることと、日本文壇の異端といえる自虐的な暴露や韜晦に染まった色川武大や内田百間に興味を示すことは偶然ではない。暴発せざるを得ない犯罪者の鬱屈とギリギリの表現を求めて止まない作家の魂は似ている。犯罪者と作家の内奥を見つめる演劇人は、自分の闇をそこに重ねる。時間と骨身を削るわりに経済的に報われることが珍しい演劇を続けることも、なるほど業には違いない。

ただひとつ演劇人に幸せがあるとすれば、書くという作業は孤独な営みだが、舞台は役者のみならずスタッフを交えた集団作業でしか成り立たないこと。くじら企画は、劇団以上のスーパーアンサンブルでアイホールの広い空気を凝集させる。人の闇を鮮やかに照らし出す、それこそが演劇の光なのだ。

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