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反骨と愛を育む楽屋 西尾雅
独立した短編4話が最後につながってもうひとつの物語が姿を現す。それぞれ完結した1話1話が、長編を構成するエピソード集でもあったという仕掛け。各話のテイストをミステリ、人情劇、楽屋話、回想劇と変える趣向もシャレている。パズルがハメこまれる爽快感と大河小説を読み終えたような満腹感が同時に味わえる。4話合わせれば登場人物はかなりの数で、全員が複数の人物を演じることになる。典型的な群像劇だが、ある人物を時系列で追う点がミソ。座付き作家ならではの配慮で出演者すべてに見せ場が用意されるが、なかでもキムラ緑子の感情表現に圧倒される。

すべての舞台となるのは左右に鏡が並ぶ楽屋。下手側は椅子席、上手側は小上がり、正面奥の楽屋口からは廊下を行きかう人が垣間見え、その左手壁に姿見がかかる。下手の壁を切り取る窓や客席に向かって伸びる天井照明が遠近感を強調している(美術:奥村泰彦)。

第1話。下り坂のベテラン映画俳優(小市慢太郎)の不満をマネージャー(奥田達士)がなだめている。アイドル出身の若手ハムレット役に格下扱いされ、自分のクローディアス役は劇評家から散々な悪評。不機嫌のあまり地元紙のインタビューも断るが、大ファンを称する記者(キムラ)の一声で考えが変わる。けれど、彼女も今回の演技には批判的、理由を糾すうちに俳優の隠された秘密が暴かれる。

実は、彼は先日逝去した妻との結婚前、多忙な映画撮影時間を割いてのデートの帰りに車でひき逃げ事故を起こした過去を持つ。被害者は死亡したが、犯人不明のまま事件はお蔵入り。記者の追及を最初はかわしていた俳優だが、ついに真実を打ち明ける。悔悟の言葉を聞いて記者は納得。実は被害者は彼女の父親、死に際の父の口から運転手名を知るが、当時からファンだった彼女は秘密を隠しとおして今に至る。

何ひとつ親らしいことをしない酷い父だが、それでも父は父。欠点だらけの実父は彼女に父への愛憎とコンプレックスを埋めこむ。年長の俳優のファンであり続けた背景にはファザコンと共に、秘密の共有者という親近感もあったはず。愛妻を亡くした俳優と父親の呪縛から解き放たれた彼女は、互いに異性を意識する。

クローディアスは悪人ではなく、兄嫁に横恋慕して過ちを犯す気の弱い男というのが彼女の解釈。自首出来なかった弱さをクローディアスに重ね、俳優はさらなる精進を決意する。愛妻の死から立ち直り、新境地を拓かんとする役者と、父親の死に決別して、ひとりの女として歩き出す娘。運命の交差が2人の再生を演出する。

相手が握るカードは何か。ポーカーのような心理的駆け引きがスリリングな台詞劇で展開される第1話。第1話でハムレット、第2話で森の石松と劇中劇を取り込む趣向も楽しい。

第3話は、典型的なバックステージもの。舞監志望のスタッフ(勝平ともこ)の仕事と結婚の板挟みという今どき女性の悩みを描く。かつてあこがれた学校の先輩(岡村宏懇)と仕事場で偶然の再会、役者とスタッフ、今は立場違えど、恋の噂はたちまち楽屋中に広がる。が、本人同士は未だキチンと告白しあえず。

千秋楽のラストチャンスでデートに誘われ彼女はトキメク。が、男の嘘は次々はがれる。バツイチのはずが離婚話は進んでおらず、いないはずの子供が3人も。おまけに女房(塩湯真弓)が押しかけ、デートはキャンセル。怒り心頭に発した彼女に代わって成敗を下すのは、不満鬱積していた楽屋の相棒。彼は役者内でも評判悪かったというオチ。

ハプニングが次々起こり、迅速な処理を求められる舞台裏のスタッフ。才能の限界を感じて結婚を夢見るも、恋愛もこれまたハプニング続き。演劇も恋愛も舞台裏はドタバタ、誰もが必死で深刻、なのに怒りのあまり笑うしかない結末ばかり。第1話の俳優が、さりげなく登場して円熟の境地を見せる。かつての女性記者が今は良き伴侶として付き添う。2人の醸し出す穏やかな空気が、痴話喧嘩や三角関係の嵐が渦巻く若さと対照をなす。

プライベートの狼狽から仕事の失敗を重ねるスタッフに「舞台をなめるな」と舞監(酒井高陽)は諭す。怒りの底に思いやりがにじむ。舞台を愛するがゆえの熱さが彼に叱正の声を上げさせる。影で舞台を支える多くの人々、彼らがいて舞台が成り立つ。そう実感出来る啖呵に胸がすく。

レトロな第1、2話から時間を現代に進めた第3話だが、第4話は一転して第1話以前の過去に戻る。戦後ようやくジャズも解禁、演奏再開を喜ぶバンド内部で新たな問題が発生する。メンバーのひとり(三上市朗)がバンドを辞めて本場アメリカへ移住するという。リーダー(小市)は了承するが、収まらないのはバンド見習いの坊や。内縁関係のボーカル(キムラ)が妊娠中にも関わらず、彼女を見捨てての離日に大反対。もっとも、彼女は自分の意思で渡米話を断っているので怒りの矛先はお門違い。坊やは彼女に叶わぬ片思いゆえ勝手に男を非難しているというわけ。

坊やのひとり相撲は徒労に終わる。意気消沈した彼はバンドを辞め、ボーカルそっくりの女優にあこがれて映画界の門をくぐる。やがて、彼は俳優として大成功を収め、見事女優を射止めることになる。いっぽう、ボーカルは原爆病で、バンドを抜けたメンバーはクスリのせいで彼の地に果てる。死んだ2人の魂が再びリーダーを囲む。3人は、実はかつて2人の男から愛されたひとりの女という仲。不思議な友情と愛は死後も永遠に続く。

そこで明かされる真実。彼女の中絶理由は、生まれて来る子の父親が異国に旅立つからではなく、戦時中に実家の広島に疎開し被爆していたため。ジャズ好きな彼女にも、原爆を投下した元凶の地を踏むことは出来ない、たとえ彼への愛を断ち切ったとしても。中絶と離縁しか選択枝のない彼女の痛みが響く。この先短い自分の命をも察しての決断と思えば、涙はさらにあふれる。けれど、ジャズまで嫌いにはなれない。彼女が漏らす本音に、哀しみの深さが透ける。彼女の厳しさを支えた愛と反骨に胸打たれる。

ちなみに、第2話はグループサウンズ全盛時代の大衆演劇一座の話。地元ヤクザ直々の指名による「森の石松」公演予定は、主役の急な雲隠れでピンチ。ヤクザの怒りを覚悟して演目変更するか、かつて不義理した弟(木下政治)を助っ人として受け入れるか。

難問の選択を強いられた座長である兄(酒井)の決断。彼が最も許せなかったのは代議士が介入して穏便にまとめる劇場側のやり口。やせ我慢を張って申し出を断り、火中の栗を拾う反骨ぶりが爽快。彼のへそ曲がりに、演劇への偏愛と家族への屈折した思いを見る。

原爆という大量虐殺兵器の使用をためらわぬ大国アメリカ。片や、ジャズという音楽さえ戦時中は禁止する小心なこの国。演劇は権力に媚びない自由な精神に根ざす。反骨と愛があふれる楽屋。役者魂は今もそこに生きている。

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