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カプチーノの味 松岡永子
 中国の現代戯曲を翻訳、上演する。神戸学院大学の企画。端整に書かれた戯曲を、奇をてらわず丁寧に演出、舞台化していた。
 芝居は三幕。正直わたしには、なぜ三幕なのかはよくわからない。オムニバスの三つの話は、ずれていながら微妙にシンクロして一つの時代か都市の何かを浮かびあがらせているのだろうか。

第一幕。女の一人芝居。
 女が箱からケーキを取り出す。今日は彼女の四十歳の誕生日。今日を一緒に祝ってくれる約束をしていた息子は、溺れる子どもを助けようと川に飛び込んで死んでしまった。夫は出張と称して浮気旅行中。
 彼女は遺影を前に語りつづける。なぜあの子はわたしを残して死んだのか。なぜ死んだのは他の誰でもなくわたしの息子なのか…

第二幕。男の一人芝居。
 男が浮気旅行から帰ってくると自宅は無人。若い愛人に離婚することを約束している男は、どんなふうに話を進めようかを考えている。妻は帰ってこない。愛人から何度か催促の電話が入る。だが夜が更けても妻は帰ってこない。心配になった男はあちこちの知人に電話をかけ、みつからないので捜索願を出そうとする。
 そこへケーキが届く。今日は男の五十歳の誕生日。息子の交通事故死を知らせ、別れを告げる妻からのバースディカードが添えられている。

第三幕。男女の二人芝居。
 二十二年ぶりに再開した恋人同士。いきなり手紙で呼ばれた男は戸惑っている。二人は同級生だった。卒業するとき男は、プロポーズの詩とOKならば手紙を下さいと裏に書いたツーショット写真を手帖に貼って女に渡していた。
「夫が亡くなってからいろんなものを整理していて、偶然気づいたの。写真を剥がしたことなんてなかったから、裏に何か書いてあるなんて思わなかった」
 とても遅くなったけど手紙を出したかった。別に何をどうしようとも思っていない。ただ、誤解されたままでいるのが嫌だった、という。
 二人は思い出話をし、その後のことを語る。現在、女は大学教授で男は技師だ。二人とも学生時代の夢がかなった。「でも」と、男がいう。「すべての夢が素晴らしいものだとは限らない。特にそれがかなった後では」
 男は今夜、仕事の終わった妻を迎えに行く約束をしている。
 何かを口走りそうになる男を押しとどめて、女は彼を外へと送り出す。

 上海は都会で、仕事や家庭のあり方、生活は日本でのそれとそう変わらないものなのだろう。あえて日本人との感覚の違いを探すとすれば、自己主張の強さ、だろうか。
 彼らは自分が納得できるということを最優先する。一幕の女は息子が死んだわけを、二幕の男は仕事漬けだった自分の生活の意味や自分の中にまだ残っているはずの情熱を、確かめたがっている。自分の身勝手さを反省しながらも、それをストレートに打ち出す衝動はとても強い。日本人ならそういう自分勝手さは何か口実の陰に隠して表現するなあ、と思う。一人芝居だとどうしても台詞が言いつのる形になるので、その身勝手さが鼻についてくる。その点でも三幕が一番いい。
 三幕の女は、誤解されたくなかったという自分の気持ちを確認する行動に反省もない。客観的にみればずいぶんひどいことをしていると思うが、そんな無邪気で残酷な少女っぽさを残した中年女性を嫌味なく描いていた。
 太陽族のベテラン役者と演出家はさすがに息が合っていて、安定してみていられる。
 作家は三十代になったばかりだそうだ。カプチーノの味がするという人生の機微を描いて実に老練。大人だなあと感心する。

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