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失くした羽根の哀しみ 西尾雅
「楽曲を視覚化するための演劇的コラボ」を称するレプリカント。少人数のバンド編成によるライブで、パフォーマーはコンテンポラリーダンスと一線を画す動きを見せる。繰り返しのリズムとうねるビートに鞭打たれてダンサーが音符のように舞う。言葉を発しない身体から思いがけないほど饒舌な言葉が解き放たれる。

鍛え上げねばしなやかに動かすことは困難な身体。私たちの肉体はいわば精神を閉じ込める不自由な檻。封印されていたさまざまな想いが、音楽の力でパンドラの箱を飛び出す。唇から響けば空疎に聞こえる言葉が、肉体の縛りを逃れることで存在感を手にし、観客の元にあふれ出す。

タイトルのHは、Heaven(天国)から転落し再びよじ登ろうとあがくHuman(人間)を指す。蛇に誘惑されて林檎を食べ知恵を身につけた人類はエデンの園を追われる。林檎は白雪姫を深い眠りに誘い、ウィリアム・テルは頭上の林檎を的にする。的をハズした暴力はエスカレートし、やがてテロの恐怖に変貌する。

林檎は肥大する欲望の象徴。暴力や食欲はいったんタガがハズれれば止まることがない。つい今しがたまで優雅に食器をあやつり食事を楽しんでいた人々が、手づかみで食い散らかし始めたと思うや、野生の狼のように獲物を囲み威嚇して争う。楽園から人は堕ち、メルヘンな夢はたやすく残酷な現実に姿を変える。

おびただしい数の薄い白片で覆われた舞台は雲上を思わす。唐子の道化が扉を開けてはるか下界を覗き込む。われ先にと糸をたぐる人の群れは、蜘蛛の糸を伝い地獄から這い上がる姿を映す。身体をくねらせる蛇に誘惑され、人は際限のない欲望のサバイバルレースを強いられる。

パフォーマーの向きが一斉に切り替わり、視野のアングルがスイッチされる。右左の変化だけなく立体的に切り替わって、落下する人間を真上から覗く。舞台正面奥の地表にたたきつけられ、張り付く人の姿は衝撃そのもの。

見えない糸をたぐり寄せたり、一瞬の暗転で2組が入れ替わって2つのシーンを交錯させるのはレプリカントのお手のもの。通常は蓄光テープを目印に真っ暗な舞台上を出入りするところだが、雪のように敷き詰められた白い薄片の山はすぐに崩れ、印のつけようもない。身体で舞台の空間を知り尽くしているからこそできる暗闇の荒業はいつ見ても驚異だ。

人が愚かで残酷である事実を思い知る。けれど、同時に哀しく美しい存在であることも示される。純白の舞台を赤い林檎を食い尽くして人は汚して行く。舞い散る白片は林檎の果皮で朱く染まり、それは人の欲望が流したおびただしい血にも見える。恐れを知らぬ人は自分たちが地獄に堕ちるのみならず、地球というこの星を地獄そのものに変えようとしている。

人に救いがあるとすれば天上にいたかすかな記憶かもしれない。驚くべきは栃村結貴子の肩甲骨の動き。もがれた羽根がまだあるかのように背中が震え、腕が空気を掴もうと羽ばたく。堕ちた天使の哀しみを背中の筋肉で語る。とうぜん観客には背を向けたまま。自分では見ることのかなわぬ背中で、彼女はなぜ人の絶望を伝えることができるのか。

彼女を見ると人は自分でもまだ気づいていない能力を身体に秘めているのかもしれないと思う。自分では見えない裏側にわずかな希望は残されている。

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