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虫のなんたるか。 松岡永子
 進化の最先端にいるのは人間と、昆虫だ、と聞いたことがある。
 ギリギリのところまで、進化の道で行けるところまで行ってしまっているので、もう、先がない。変わる余地がない。一種の袋小路だ、という話。
 わたしは理科が苦手なのでこの説が本当なのかどうかは知らない。

 舞台では三つの時間が交錯する。

 大学の昆虫研究室。ある田舎町の地主の跡取り息子・セイジが在学している縁で、個人所有の鍾乳洞でフィールドワークがおこなわれる(正式に許可を取ったというよりも、親父には内緒で、ということのようだ)。セイジが淡い恋心を抱いている先輩のミドリは同級生のハナダとつきあっているが、彼はセイジの紹介で代議士秘書としての就職が決まっている。フィールドワーク中に、ミドリは新種と思われるゴミムシを見つける。

 十年後。
 研究室の教授と、今は研究室助手になっているミドリが学生を引き連れて同じ鍾乳洞にフィールドワークにやってくる。ミドリは一度しか見ていない「新種」を再確認したいと思っている。
 実家に戻っているセイジはその土地では若殿様扱い。家の番頭格で財産管理などをしている議員と、その秘書として働いているハナダが鍾乳洞内をうろうろする大学生たちを排除しようとする。鍾乳洞奥の池には放射性物質が廃棄されており、十年前の「新種」はその影響による突然変異だったらしい。

 その五年後。
 セイジは家を継いでおり、五年前にフィールドワークに来ていた大学生のひとりと結婚している。ハナダには議員への出馬話が来ている。鍾乳洞は開発のため埋められてしまうらしい。鍾乳洞でハナダが出会ったミドリは、自然環境は一度壊してしまったらもとにはもどらない、そこにしかいない種も絶滅してしまうのに、と語る。
 そのミドリは幻だったのかもしれない。彼女はいつの間にか消えて行方不明なのだという。

 客席の真ん中をやや斜めに貫く形で舞台が作られていて、観客は二方向からみることになる。青い照明に浮かびあがる舞台には鍾乳洞の閉塞感はなく、通路か小川のようだ。
 前後し、断片的に語られるシーンがどの時間に属するのかは、登場人物の変化で示される。過疎化していく地域の農業青年の朴訥さから議員らしい威圧的な押し出しへと変化するゴスが典型的だが、今どきの女子大生も地主の奥様になるとそれなりの落ち着きをみせる。
 小川がさまざまな反射を見せて流れるように、各時間が現れる。

 その中でミドリとハナダは見事なまでに変わらない。
「変わることを拒否している」とハナダに言われたミドリはもちろん、最後に「君の側には行かない」と変化を拒むことを拒否したハナダも、まったく変わっていない。ふたりとも、淡々とした物腰でずっと同じ速度で生きている感じがする。
 どこまでが演出なのかわからないが、そのことがとても面白い。進化とは変わることだ。それなのに昆虫の進化について語る主人公の恋人たちが、流れから取り残されたようにまったく変わらないようすで十五年の時間を生きている。
 採集では昆虫の種は絶滅しないことや、昆虫研究室にいても実際に虫に触れたことがない現代の学生についてなど、周囲の状況は物語としてはやや盛り込みすぎの感があるが、静止している主人公と対照的な背景だとするならば、こんなものかもしれない。

 登場人物たちは時間による変化以外にも複数の顔をみせる。
 廃棄物不法投棄の取材のためフィールドワークに聴講生として入り込んでいたジャーナリストは、さかんに社会正義を口にしながら、有利な情報提供にあっさり転ぶ。奇矯な動作で劣等生を自称していた女子大生は、天才的な頭のよさを示す。つきあえる可能性の大小で女性に対する態度をころころ変える大学生もいる。
 そんな登場人物それぞれの恋愛模様が描かれる。ただ、恋愛というには情感の足りない関係ばかりにみえる。

 すべての時間を貫くものとしてハナダが作ったという歌が口ずさまれる。ハナダが歌いミドリが歌い、セイジの妻となった元女子大生が歌う。
 童謡のようなセンチメンタルなメロディ。何かを静かに断念しているような響き。
 何を諦めているのだろう。適応のために周囲に合わせて変わることだろうか。それとも変わらないことだろうか。

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