|
|
|
|
|
|
|
パフォーマー
|
|
会場
|
|
|
公演日
|
|
新たな演劇交流の波 |
西尾雅 |
演劇界でも国際交流は盛ん。ミュージカルの引越し公演が次々行われ、海外の最新戯曲がいち早く翻訳上演され、蜷川幸雄や野田秀樹は海外に活動の場を広げる。が、共同制作に至るほどの国際交流はまだ少ない。本作は燐光群とフィリピンの数年来の交流の成果。東京のみで行われた「フィリピン ベッドタイム ストーリーズ」2回分を再構成したベスト版プラスアルファの関西初お目見え、伊丹公演後はフィリピンでの披露も予定(凱旋公演?)。本作では日本人とフィリピン人の役者が一緒に舞台に立つだけでなく、台詞も日本語とフィリピン語(タガログ語+英語)が混在したまま。むろんフィリピン語は翻訳が字幕で表示されるが、異なる言語で会話する役者間に違和感はない。あらためて作品のテーマや人の感情に日本もフィリピンも変わりはないと実感する。「ベッドタイム ストーリーズ」は文字どおりベッドが舞台。人が生まれ、眠り、愛し、死ぬベッドを舞台にした短編5本が途中休憩を挟んで連続上演される。日本とフィリピンの男女がベッド上で向き合い、駆け引きをかわす。異文化と異性、2重の鏡に映し出される自分。がっぷり4つのベッド上で人は心まで裸にされる。全5話のうち「アスワン〜フィリピン吸血鬼の誕生〜」は、今回リニューアルバージョンも加わって上演本数は都合6本。日比それぞれの役者だけが出演する作品を持ち寄ることから始め、両国の役者が共演する今回の進化版にこぎつける。太平洋戦争末期のフィリピン、戦況悪化で山中に撤退した日本軍兵士と現地人女性の間に生まれた女の子は、生まれ落ちるや母親に食いつき獣に育てられて成長する。やがてその娘アスワンは、山中に分け入った男と恋仲になり、男を追いかけて町へ下るが、実は既婚者の男は彼女を追い返す。アスワンは既に妊娠しており、復讐心に駆られた彼女は男の子を食い殺す。1枚の布で森や2人の寝床を表す象徴的な演出も見られるが、おおむねオーソドックスな展開のAバージョンと、日比双方のコロスがフィリピン語で歌う音楽劇スタイルのBバージョンは演出以前のテキストから異なる。が、最も大きな違いは、アスワンと男を日比の役者で完全に入れ替えること(Aはアスワン=宮本裕子、男=ジョジット・ロレンゾ、Bはアスワン=アンジェリ・バヤニ、男=杉山英之)。役者はそれぞれの自国語を使う。言葉の違いがアスワンと男の対立を強調する。初潮を迎え、思春期特有の身体の変化にとまどうアスワン。山中で彼女と出会い据え膳食わねば損とばかりに手を出す男の情欲。追いかける彼女の執念にとまどい、保身に走る男のエゴ。国と性差を交錯させる2バージョンの対比が、観客の属する母国や性別にとらわれない見方に気づかせる。産み落とした母親や産んだわが子の血をすするアスワンのたくましさに女性ならではの生命力を感じる。命を産み出せるのは女だけ。血を見るのは生きるため。生理で流す血は妊娠しなかった証であり妊娠可能な身体のアピールでもある。男が争いで血を流すのとは異なり、女性の流血は持って生まれた本来的なもの。男がわが子を求めうろたえる姿に、自ら産むことのできないあわれさが象徴される。野生の命に満ちた山と秩序が優先される町の違いにも男女差が映し出される。「アスワン」の作者ロディ・ヴェラは役者としても今回4作品に出演し、うち2本で主要な役を務める。5話のうち「フィリピンパブで幸せを」以外はすべてフィリピン人作者、唯一の日本人作家となる内田春菊は日比双方の役者の共演を前提に06年に同作を書き下ろす。同作はフィリピンパブで意気投合し一夜を共にした翌朝に求婚された日本人男性(向井孝成)を主役にしたコメディ。いきなりのプロポーズもびっくりだが、宿泊した彼女(マイレス・カナピ)の部屋が自宅、それも大勢の召使を抱える豪邸、そもそも彼女の勤めるパブが家族の経営というサプライズが続く。金満家の子女との縁組とは思わぬ逆玉の輿。が、実は彼女は性転換した元男性、いちおう姉の立場上、縁談を控える妹たちの手前結婚を急ぐ事情があったというオチ。性転換手術を執刀したのも実は彼女の父親、腕の良さが評判を呼んで自家用ヘリを持つほど大繁盛。豊かなはずの国・日本の男が優柔不断で貧乏なフリーター。女が春を売るしかない貧しい国と思われたフィリピン女性が、かたや裕福で結婚制度を堅持する。意表つく笑いで両国の抱える問題点をつく。金銭的な豊かさや結婚に対する信頼、そして性モラルや性的アイデンティティがゆらぐ現代。「アスワン」はロマンホラーな寓話、「フィリピンパブ」はコミカルな戯画、いわばおとぎ話で現実を浮き出す。歪んだ社会に真実を投影できるのはデフォルメしかないとばかりに。
|
|
|
|