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かもめ 松岡永子
 舞台も客席も極端に横長に作られていて奥行きがない。わたしは下手寄り中央の席に座っていたが、上手でのできごとを見ていると下手は見えず、下手を見ていると上手は見えない。もっと後方から舞台全体を見渡したい欲求に駆られるが、これは仕掛けだろう。俯瞰する視点、神の視点を観客に与えないための。
 舞台の背景は黒いボード。その前にドミノのように等間隔に並べられた箱馬。大小二つの脚立。小道具はなし。衣装は白で統一されている。ある意味禁欲的な、抽象的なビジュアル。
 役者は、狭い舞台を歩き台詞を口にしながら、背景のボードにチョークで風景や人物、言葉(たぶんロシア語がほとんど)を描いていく。舞台が進むにつれ、一つの世界ができあがっていく。

 辻野加奈恵プロデュースによる旗揚げ公演。
 旗揚げ、といってもキャストはベテラン揃いで豪華。
 特に、生真面目な理想家でどこか線が細く神経質なコースチャ役の紀伊川氏が戯曲のイメージに近かったように思う。

 劇団名になっている「チャイカ」とは「かもめ」のことだ。
 やりたい作品を旗揚げ公演に選び、それをそのまま劇団名にするのはままあることだ(演出担当の外輪氏が主宰する「エレベーター企画」もその一例)。女優を目指すニーナが主人公のこの作品は、辻野氏にとって特別な意味があるのだろう。
 ただ、この舞台は戯曲に書かれた世界を描き出すこと自体を目指してはいない。『かもめ』というお話はチェーホフ作の有名戯曲として、既知のものとして扱われる。

 田舎町に住むニーナは女優に憧れている。恋人のコースチャは作家を目指している。有名女優でもあるコースチャの母親が、流行作家トリゴーリンをつれて屋敷に帰ってくる。トリゴーリンに想いを寄せたニーナは、かけおちするように都会に出て子どもを産む。その後、子どもに死なれトリゴーリンとも別れたニーナは旅回りの役者になっている。二年ぶりにコースチャのもとを訪れたニーナは、名声や栄光のためでなく演じるために演じることの喜びを語る…この物語と学生時代どんなふうに出会ったか、それを辻野加奈恵として語るところから舞台は始まる。
 演劇との出会いを語り、登場人物の紹介をしていた辻野加奈恵はそのままニーナ役になる。だがニーナの台詞まわしは、どこか本を朗読しているようだ。作中人物と役者の距離の取り方は単純ではない。

 役者は会話を交わしながらボードに絵を描いていく。外部にいる他人と交流しているようでありながら、自分の内側に見えるものを淡々と描き出していく。酒を注いで手にするという行為をワイングラスを描くことで示す、といった洒落た部分もある。だが全体としてはこの演出がとても効果的とは、正直いえない。
 演出と物語がかみ合ってすばらしいと思うのはコースチャとニーナが再会してからの場面だ。

 ニーナは自分の分の台詞をすべて先にしゃべってしまう。そのあと、もともと対話だったはずの台詞をコースチャが語る。ニーナはまったく耳に入らない様子で何かを描いている。ボードに、やがて空中に。何を描いているのかは彼女以外の誰にもわからない。
 見ていて、コースチャの愛の言葉はニーナには届いていないのだと痛いほどわかる。向きあって会話しているはずなのだが、お互いの姿は見えていない。

 ニーナが去ったあと、コースチャはボードに描かれている自分の顔を苛立たしげに手でこすって消す。少し離れた舞台上手で人々の談笑が始まる。大きな音がして(上手側に気を取られていて見ていなかったが、たぶん持っていた本を投げつけた)コースチャ役の役者が退場。様子を見に来た友人の医師が拳銃自殺しているコースチャの姿を認める。

 白線で世界を表す演出は映画『ドッグヴィル』を連想させるかもしれない、とパンフレットにあったが、それぞれの世界はまったく違うと思う。
 『ドッグヴィル』では、床に白線で描かれた四角の中に「dog」とあれば犬小屋を「shop」とあれば商店を表すようになっていた。あらかじめ神から与えられた書き割りだ。すっきりと世界全体が見通せた。
 『かもめ』では人間ひとりひとりが一本づつチョークを持っている。それぞれが思い思いに世界を描き、舞台が終わったとき一つの世界が残っている。途中で世界を俯瞰する視点は(観客も含めて)誰も持つことができない。『かもめ』では「全体」を支配する神は姿を見せない。見せないようにしている。

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