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たほり鶴 松岡永子
 今回の犯罪友の会は、社会や世間、時代と切り結ぶ激しい姿そのものを主眼には描いていない。戦局の悪化により息苦しくなっていく時代を背景として透かして見せながらも、時代劇映画の製作現場という美しい夢の時間、その永遠の輝きを描く。
 映画として撮られているシーンがいつもの犯罪友の会に多いモチーフ(悪党であることに居直った者が、世界に復讐しようとしながら追いつめられていくお話)なので、単なる劇中劇だという気がしない。
 架空のバックステージものを見ているような気もする。入れ子構造になっているというよりも、くるりと脱いだ手袋のように表と裏が返ったような不思議な感覚。

 京都、伏見のロケ地。黒頭巾のチャンバラシーンが撮影されている。
 監督は、これがまだ二作目の若僧でなんとも頼りない。表現主義やシュールリアリズムなど最先端の芸術論を語りたがるが、実際の現場を統括できない。ベテランのカメラマンに怒鳴られてヘコヘコしている。また男手を戦争に取られ人手不足で、大部屋女優までスタッフ代わりにかりだされている。

 そんな何ともしまらないロケ現場にひとりの女優が人力車から降りたつ。
 華やかで我が儘で、自己顕示欲の強い絵に描いたような大女優、小谷みすず。人気も実力もありながら、最近作品に恵まれていなかった彼女はこの作品に思い入れている。
カメラマン氏とは新人の頃からの知り合いで、互いに淡い気持ちを抱いているようだ。
 頼りない監督、スタッフ不足、「芸術的な」脚本に苛立ちながらも、主演女優として彼女が中心に据わったことで映画製作の現場は活気づいてくる(高尚ぶった芸術論の作品化なんかより一本通ったストーリーとわくわく感の方がずっと大切、という作者の芸術論かもしれない)。
 軍部の意向を受けてチャンバラ映画をやめるよう通告してきた社長も、みすずが押し切る。

 実際には、映画を取りまく現実は厳しさを増していく。物資はますます乏しくなり、男達は徴兵されてスタッフはいなくなり、仕事のなくなった俳優は慰問団に加わるようになっていく。次の作品をいつ撮れるか、見込みはない。
 そんな時代背景をちらちら透かし見せながらも、芝居は製作現場の美しい時間を視野の中心に置いて進んでいく。一瞬の夢のような時間。

 一丸となって映画に協力するのはスタッフだけではない。
 スタッフが泊まっている宿屋の女将は元芸者で、映画人に好感情を持っていない。芸者時代、美貌を売り物にできなかった彼女は太鼓持ち仕込みの芸を売っていた。そのことを誇りにしている彼女は、女優なんてろくな芸も持っていないと罵る。
 みすずは、パトロンの後ろ盾ではなく自分の腕一本で稼いできたその生き方を認め、芸者役で映画に出演することを承知させる。
 不足していたフィルム(配給品なのでほんとうは手に入らないはず)も元映画俳優の闇屋の協力で手にはいる。
 徴兵されていたカメラマンは、ロケの日程が延びたため入営日をすっぽかした。
 巡査は、そんな事情を知りながらそしらぬ顔で、憲兵が来る前に自分から出頭してきてくれたら何ごともなく収まるんだけど、と間接的に伝える。

 役者もスタッフもその周囲にいる者も、一本の映画を作り上げるために力を合わせる美しい瞬間が現出する。
 見事な花火が上がる。
 犯罪友の会の、火薬を使う特殊効果はいつも素晴らしいけれど、今回はひとつの象徴風景になっている。

 すべてのシーンを撮り終えたカメラマンは、戦地に行くことは言わないまま、みすずに別れを告げる。そこで別れた者は必ず再会できるという言い伝えのある橋の上で、必ず戻ってきてまた貴女を撮ると約束する。約束は永遠だ。

劇中、何度か「永遠」という言葉が口にされる。
「貴女は永遠の看板女優だ」という言葉に、「短い永遠だこと」とみすずは応える。
その通り、永遠は一瞬だ。永遠は時間の長さではない。深さをはかる言葉なのだろう。

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