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五説経のうちふたつを聞く 松岡永子
 いたはしや 浮き世の隅に 天満節

 天満節というのは天満大夫が語った説経節のこと。江戸時代の半ばにはすでに説経節(浄瑠璃と同じく語り物。浄瑠璃とは節回しが違うらしいが、音曲には疎いのでよくわからない)は廃れていたことをしめす川柳だ。
 説経節を聞く機会はほとんどない。だが語られた物語は後世に影響を残している。
 森鴎外は『山椒大夫』を小説にした。ある程度以上の年齢の人なら石童丸の話は知っているだろう。藤原竜也がデビューした舞台『身毒丸』も説経から材を取っている。
 セミナーはその説経節の代表曲を、研究者・乾武俊のレクチャーとともに聞かせようというもの。伝統芸としての説経を復曲しようとする試みかと思ったがそうではない。詞章はそのまま、朗読に近い形。平家物語の群読などを聞いたときと印象的には近いだろうか。

 赤い唐傘(破れているのは演出過剰だと思う)にむしろ敷きは絵で見る説経語りそのまま。
 音楽は二本の竹の棒(ささら)を擂りあわせ打ちあわせる音だけ。照明も最低限の暗転だけ。派手な身振りもせず、抑制された上品な舞台。寺社境内で語られた素朴な舞台の再現、というよりは、洗練され無駄をそぎ落とした感じ。
 この日は午前の部が『しのだ妻』。午後が『しんとく丸』。

『しのだ妻』は助けられた狐が人間に姿を変えて暮らしていたが、我が子に正体を見られたため別れなければならなくなる話。子どもはのちの阿部晴明で、その出世譚が後半につづく。
『しのだ妻』の説経正本は残っていなくて(ではなぜ説経だったとわかるかというと、日記に「今日、説経をきいた、しのだ妻その他」といったことを書いている人たちがいるから)、今回は古浄瑠璃の冒頭と竹田出雲作の浄瑠璃から子別れの段を語る。
『しんとく丸』は継母の呪いで病気になり四天王寺に捨てられたしんとく丸を、許嫁の乙姫が救う。

 文字で読んだことはあったけれど、それが声にのって立ち上がってくると別の力を持つ。
 わたしが面白かったのは『しのだ妻』の方だった。後に手を加えられたものは、やはり聴衆にうったえるように工夫されているのだろう。
 残酷シーンはかなりカットされている。白雪姫やシンデレラの継母の末路話がカットされているのと同じ。それでいいのだろう。徹底した勧善懲悪は、当時の人々の正義感の発露だと思うけれど、現代の感覚には合わない。
 わたしは昔の人のようには説経を聞けないのだと改めて思った。
 昔の人は、祭や節気のときに語られる話を絵本を読んでもらう子どものように聞いたのかもしれない。子どもはそらんじられるほど慣れ親しんだ物語を、それでも読んでもらいたがる。次々と新奇な刺激を追い求める現代の感受性とは違う、物語の享受のしかたがあったのではないだろうか。

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