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パフォーマー
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会場
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公演日
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温故知新の心意気 |
西尾雅 |
かつてOMSをホームベースとしたリリパットアーミーだが、わかぎゑふの座長就任後にリリパットアーミーIIと改名、別ユニットのラックシステムの活動も順調だが、このところ世界館での公演がすっかり定着したようだ(07年3月のラックシステム「おたのしみ」で劇場初登場、同11月「お見合い」再々演と続き、今回が3回目となる)。世界館は、そもそも近鉄の支援打ち切りで解散の危機に陥ったOSK日本歌劇団の常打ちにと、所有者が支援を申し出て劇場に改装した元倉庫。環状線・地下鉄の弁天町駅から徒歩10分のアクセスは意外と都心に近いが、倉庫街ゆえ人気はなくコンビニすら見当たらないので買い物や食事は不便だ。が、劇場自体はレトロな雰囲気に満ち、受付やホワイエも広く、階段状の座席はどこからも見やすい。高い天井が空間に余裕を与え、倉庫街の立地が古い映画館のような懐かしさを醸し出す。欠点は、すぐ横の安冶川大橋を通過する車の騒音が漏れることだろうか。驚いたのは男性トイレに小用便器がなく個室が2つだけ、しかもシャワレット付だったこと。女性用の内装は知らないが、さすがはOSK仕様と感心。おしゃれでキレイなのは有難いが、オトコも座って用を足す風潮には疑問も。中華芝居やホラーあるいは男女入替劇など多彩な顔を持つリリパットだが、このところわかぎが興味を抱いている明治シリーズ(04年1月「ちゃちゃちゃ」では日本の洋服草創期を取り上げた)。警備中の巡査がロシア皇太子を斬りつけた大津事件を、公正な裁判に尽力する関係者の側から描く。本作はあくまで史実にインスパイアされたフィクションであり(裁判官らの名も変更されている)、事件の詳細ではなく当時を生き抜いた庶民の気骨を描くことに主眼はある。とりわけ、少女の一途な意義申し立ては、いかにも女性の作・演出家らしいフェミニズムの視点に基づく。妻と別居中ゆえ手伝いが欠かせぬ裁判官・日下(朝深大介)宅のべテラン女中・谷山(谷川美佳)は里帰り中に病に倒れ、未だ戻って来ない。新入りの田舎娘(福井夏)を日下は急遽雇うが、家事も出来ぬ彼女に逆に行儀や言葉遣いの教育をほどこすお人よし。日下は大津事件の担当に任じられるが、ロシアを恐れる政府は初めから犯人を死刑にするつもり。法をまげる政府の要求と裁判官の良心に挟まれて彼は苦慮する。容疑者に弁護士すら付き添わぬ暗黒裁判が画策されていたが、弁護士有志(木村基秀、福田靖久、祖父江伸如)が無理やり弁護を買って出て、裁判の体裁は整う。が、犯人・津田(上田宏)は犯行は認めても、襲った理由については固く口を閉ざす。裁判直前に日下の元に戻り、けれど元気のなかった女中・谷山の自殺の報が裁判所に届く。大津出身の彼女は、里帰り中にロシア皇太子にレイプされ、妊娠したことを許婚・津田に告げていた。津田の犯行は許婚への暴行の復讐であり、彼女もまた許婚の犯行理由を自分が死ぬことで裁判所に訴え出たのだ。西欧列強に追いつきたい明治政府のあせりが生んだ不正な裁判というひずみ。平等と変革を求める時代に差別と格差は逆に増す。婦女子にはもったいないという風潮に逆らい惜しみなく教育を授ける良心的な日下が、いわれなき苦境に陥る(一時は命令どおり死刑判決を下し、責任を取って辞職する覚悟だった)。日下の妻(美津乃あわ)が別居を願い出たのは子供を授からないため。子を産むことが妻の務めだった時代。仲睦まじいにもかかわらず、産めぬ自分を責めて彼女は身を引く。レイプで望まぬ子供を授かり苦しむ女とは逆に、好きな男の子を産めず苦しむ女もまた多数いる。まさに矛盾。そもそもセックスからしてそう。好きな相手とは近づきたいが、痴漢に触られるのはもちろんイヤ。接触という行為は同じでも、相手次第で反応は真逆だ。人の感情はいつの時代も変わらず、社会の矛盾もまた明治の世に限らない。「身内の証言は信用されない、よほどの覚悟がなければ」と谷山に諭していた日下。そんな入れ知恵が、許婚を救うための彼女の自死を招き、責任を感じた日下は罪の意識に苛まれる。いっぽう、情状が立証された津田は死刑を免れ、無期徒刑(現在の無期懲役)で罪なき罪を償うこととなる。許婚を愛していた津田は、彼女を追っての死を願う。死刑の願いは彼の本音だ。が、法に忠実な日下は死刑回避の判決を下す。望みどおり津田に死の安らぎを与えたかったのは何より日下だったのに。ここにもまた矛盾が存在する。法が必ずしも正しいとはいえない。矛盾は未だ解決されない。けれども、公正な裁判に向けた彼らの努力と理想は、明治の世に燦然と孤高の光を放つ。
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