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山吹 松岡永子
 灯を点して舞台が始まる。

 劇場の壁がむき出しで、機材や小さなランプの光が見える。
 舞台上に正方形に置かれた九つの台の表面にはそれぞれ、白い山吹やその他の花が描かれている。八重桜が咲いている最初の茶屋のシーンでは、桜の描かれた台に明かりが射す。役者はその台の上を歩きながら演じることになる。

 舞台後方から白いドレスを纏った女たちが現れ、立ち並ぶ。腿に手を置く立ち姿は能楽を意識してのことだろう。
 彼女たちは「女」である。彼女たちは花である。

 この演出の女性を描く手つきはわたしには愉快ではない。女性のあり方を問う視線が必ずしもフェミニズム的であるとは限らないのだから、それは正否で語ることではないが。

 場所は修善寺、時は現代(大正)、とされているが、時代や場所は抽象化されている。
 主要人物は三人。門付けの人形使いの老人。画家。子爵夫人・縫子。
 縫子は動きを担う者と台詞を語る者複数で分けて演じられる。ク・ナウカにも例はあるが、これは文楽の手法だろう。

 婚家を飛び出してきた縫子は、偶然、娘時分に思いを寄せていた画家を見かけてあとをつけ、救いを求める。画家は彼女を拒む。

 この画家の酷薄さもちょっと物凄い。女に自殺の決意をほのめかされたときも恋を告白されたときも、自分の感情めいたものは見せない。彼が口にするのは常識と他の人間への無関心だ。この非人情はただごとではない。彼も此の世のものではない。
(非人情とはもちろん不人情ではない。『草枕』の主人公は彼のようなものになりたかったのだろう)

 縫子は行きあった人形使いに、此の世では何一つ願いの叶わなかったわたしがおまえの願いを叶えてやろう、と言う。人形使いは、若い頃犯した罪の購いのため、自分が死なせたのと同じ高貴の美女に朝に夕に折檻されることが望みだ、と言う。
 此の世での居場所を失っていた女は異形の老人の申し出を受け容れる。

 鏡花の言葉はやはり綺麗だ、とあらためて思う。耳で聞いてすべての意味がとれるわけではないが、そんなことは問題ではない。なめらかにくっきり語られる台詞は耳に快く、うっとりする。

 あなたが引き止めてくれるなら行くのをやめる、と言う女に対して、画家は決心することができない。彼は女と老人に盃ごとをさせてやる。女は老人とともに人外へと去ってゆく。

 「世間によろしく。さようなら。」
 という台詞は岸田理生の戯曲の中にある。それが『山吹』の台詞だと知ったのはつい最近だ。
 岸田台本・蜷川演出の『身毒丸』(この台詞がある戯曲とほぼ同じテーマの話)のラストでは、火ともし頃家路を急ぐ人の群れに逆らい、互いを庇うように手を取り合って身毒丸と撫子は闇に呑まれていった。
 この女はすべてのものを引き連れ、さらにあでやかに立ち去っていく。

 女は履き物を脱ぎ捨てる。破れ傘をばっとひろげ、世間によろしく、と見得を切ったあと、此の世に別れを告げ舞台横の扉(搬入口)へと向かう(女は台から下りる。それまで基本的に登場人物は台から台へと歩を運んでいた。だが彼女たちは人の道を外れるのだ)。扉が開き、行列はにぎやかに去っていく。他の扉も順に開き、彼らの通っていくのを見送ることになる。
 此の世に別れを告げた者の行列。それは葬列であり、別の世界への凱旋であり、祝祭のパレードだ。
 閉じられていた劇場が最後に開き、登場人物が別の世界へと出て行く。これはテント芝居のオーソドックスなラストシーンそのものだ。手法としていかにも手に入っている。遊劇体の野外劇を愛していた人はとても喜んだろう。

 見送った画家は、自分には仕事があると嘯く。

 舞台はここで終わる。だが、芝居は続く。
 蛍光灯が点き、スタッフらしい人たちが出てきて片づけを始める。散らばった傘を拾い集め、女が脱ぎ捨てた靴を、なんだ、これ?、といった顔で拾い上げ、ゴミとして片づけるところまでが芝居だ。
 舞台でのできごとと対照的な日常世界をはっきり見せて芝居は終わる。

 この芝居の中では、能楽、文楽、歌舞伎、野外劇、のさまざまな手法が試みられている。
 特にラストの野外ではよく見られる手法は、それが本来持っているはずの意外性も充分に発揮して、実に効果的だった(野外では「お約束」になってしまっていて、かえって意外性はない)。
 その手法を使って何を表現したいのか。なぜその手法でなくてはならないのか。当たり前になっているやり方の意味を問い直された気がする。

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