log osaka web magazine index
WHAT'S CCC
PROFILE
HOW TO
INFORMATION
公演タイトル
パフォーマー
会場
スタッフ・キャスト情報
キーワード検索

条件追加
and or
全文検索
公演日



検索条件をリセット
救われない肉の饗宴 西尾雅
CVR チャーリー・ビクター・ロミオ」など最新の海外戯曲の紹介、さらにはフィリピンやヨーロッパなど海外での精力的な公演、そして「ワールド・トレード・センター」など海外が舞台の作品も発表する燐光群が、今回は約100年前のドイツで書かれた「古典」に挑む。海外作品の紹介は現代では普通だが、常にタイムリーなテーマを掲げる劇団としてはどうかとの心配は杞憂。

工場に勤める若い女性を主人公に、彼女が抱える家庭、宗教、結婚、性などさまざまな社会問題を浮き上がらせ、現代に通じる問題として捉えなおした大胆な翻案がいかにも燐光群。食肉偽装問題に絡めた展開は、かつて坂手が参加した「転位・21」ゆずりの社会派の面目躍如、ジャーナリスティックな視点を持つサスペンスに仕上がる。

食肉加工場に勤めるローゼ(占部房子)は、病弱な妻を抱える勤務先の社長フラム(大鷹明良)と不倫中。信心深いローゼの父ベルント(鴨川てんし)は娘の婿に教会のアウグスト(大西孝洋)を強く推し、父の意に逆らえないローゼは実ることのないフラムとの恋をあきらめ、アウグストとの婚約を受け入れようとしている。

が、以前からローゼに横恋慕していた挽肉機械メーカーのシュトレックマン(猪熊恒和)は不倫を見抜き、脅されたローゼは彼にレイプされる。むろんその件を2人が口外するはずもなく、アウグストとの結婚話は進められる。が、悩み顔のローゼに問い詰め、妊娠の事実を最初に知ったのは誰あろうフラムの妻(西山水木)。赤ちゃんの父親が自分の夫と気づかない彼女は、ローゼに味方をして親切にも子供のいない自分が引き取ることを申し出る。

ローゼの不実をほのめかすシュトレックマンに怒った父ベルントは、娘の貞操を信じその名誉を賭けた裁判を起こす。証言で嘘は許されず、シュトレックマンもフラムも真実を裁判で告白。うすうす事情を察知した婚約者アウグストも告訴の取り下げを義父に頼むが、狂信的な父親は引き下がらない。

いっぽう、貧しいこの地の唯一の産業といっていい食肉工場の中では、以前からシュトレックマンとフラムが組んだ食肉偽装が行われている。BSE(牛海綿状脳症)の恐れがある骨髄まで混ぜる悪質な手口にとうとう当局のメスが入る。追い詰められたシュトレックマンはすべてを告白したメモを残して列車に飛び込み、フラムは冷凍倉庫内で猟銃自殺する。むろん工場は倒産に追い込まれる。

夫や工場をなくし、いまやローゼと夫の不倫も知ったフラムの妻は、それでもローゼを許そうとする。けれども、すべては手遅れ。ローゼもまた赤ちゃんを中絶した後だったのだ。

美人で仕事も出来るローゼが過ちから転落していく。フラムと妻は自分たちの息子を幼い時に亡くしており、夫婦はわが子の代わりにローゼを見守るが、ローゼの方はいつかフラムに恋心を抱く。ローゼの幼い心にも、仲良かった息子の死は影を落としており、その怯えが彼女を不安定にする。

フラムも妻を愛していないわけではないが、若い愛人に今は夢中。シュトレックマンも身勝手だが、ローゼを好きな気持ちに嘘はない。挽肉機の発明で利権を得た彼はあくせく働かずともよく、その優雅な暮らしはITバブル時の成り上がり長者をほうふつとさせる。

宗教家のアウグストは手かざしのワザが効くと評判、人は良いが新興宗教のあやしさも同居する。模範的な父親たらんとするベルントは、その頑固さが逆に周囲を不幸に巻き込む。ローゼに救いの手を差しのべるフラムの妻も、自分の感情を無理に抑え込む姿勢が哀れだ。

何よりショックだったのは、食肉偽装が社長とシュトレックマンの独断ではないこと。そもそも大がかりな偽装は会社ぐるみでなけれぱ行い得ない。偽装を正当化し、捜査が及ぶと率先して証拠隠滅に走る従業員たちに罪の意識は希薄。ここにも、いったん悪事に手を染めると、際限なく転がり始める私たち自身の姿が映し出される。ローゼが堕ちていくのも、ちょっとしたつまずきが原因。心の弱さは人誰しもに共通する。

人が罪深いのは、私たちもまた肉で出来ているから。殺生の果てにしか生きる術のない食物連鎖が私たちの宿業。愛し合い、性を営むことでしか子孫も残せない。それもまた神の計らい。挽肉機で大儲けしたシュトレックマンは自分が轢死体という挽肉に変り果て、狩猟が趣味のフラムは最後に自分を撃つハメとなる。すべてはわが身に還る運命なのだ。

舞台中央に5本の細い柱で囲まれた空間があり、そこはローゼとフラムが密会する工場にもみなされる。5角形はローゼ、フラム、フラムの妻、シュトレックマン、アウグストの5人の関係をも象徴するが、しばしばローゼとフラムは柱ごしに手を取る。柱を挟んで2人は窮屈に抱き合うが、そのとき柱はペニスに見えなくもない。

生殖に必要なその器官は、かえって純粋な愛には不要かつ邪魔な存在なのかもしれない。私たちは肉の中に心を閉じ込められた罪深き生命。肉を離れた心の解放を人は永遠に望みつつ、宗教によってさえそれをかなえるのは困難と見える。

キーワード
DATA

TOP > CULTURE CRITIC CLIP > 救われない肉の饗宴

Copyright (c) log All Rights Reserved.