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NAGISAA〜流れゆく夜と霧〜 松岡永子
 六人の人物が登場する一人芝居。
 それぞれの人物は、帽子や眼鏡、カチューシャ、羽織る着物など、小道具で表わされる。
 そしてなによりも、役者によってみごとに演じ分けられる。口調や声の出し方、表情で、人物はくっきりと区別されている。
 空のようすなど、たとえば一つの言葉をつながりに別のシーンに移っていく。
 そういうほのかなつながり方は小説だと効果的なのだが、演劇の場合は台詞の言葉だけだと流れてしまい、ちょっと弱いかなあと思う。シーンの途中にカードをめくる動作があるのは、占いのためにカードをめくるたび人物が現れ、見えてくる、ということなのだろう。人物が変わるときに流れる曲は森田童子。

 川に浮かんだボートの上でドジソン先生(ルイス・キャロル)のお話を聞くアリス。『美徳の災い』のジュスティーヌ。空襲の中、男に連れられて逃げる知的障碍のある娘。長崎で被爆した少女。(彼女たちにも出典があるのかもしれない)

 四人のまったく違う女たちはあなたの裡にいるのだ、と占い師は依頼人の女に告げる。
 依頼人は隠棲する占い師を訪ね、わたしは死ぬべきか、と問うている。

 占い師のいうように、前世でもなく守護霊でもなく、複数のまったく違う人物がひとりの人間の中に同居することはあるだろうか、と考えて、今目の前にしている、と思う。
 ひとり芝居の役者は何人もの人物を同時に抱えている。

 四人の女はバラバラで何の接点もない、といわれるが、わたしは何となく共通するものを感じる。彼女たちは客体化された女だ。なんというか、視点が外部にある感じがするのだ。客体化されるということは支配されること、虐げられることへとつながっていくことも多いが、彼女たちは時として純粋な純真さを示す。これは作家が女に見たいもの、かもしれない。

 占い師の語るタロットカードについての説明を、日本でポピュラーなウエイト版じゃないんだな(カードの並び順が違う。マルセイユ版が基本のようだ)と思いながら聞いていた。タロットではなくあくまでタロウだというこだわり。ほんものの蘊蓄。蘊蓄はほんものだと一度聞いたくらいでは理解できない。カードの意味も並べ方も、予備知識がなければ頭に入らないだろう。
 ただ、カード占いの特徴は並べ方に決まりがないことだ、といい、カードと質問者の間に潜在する関係を表に出すこと、言葉として紡ぎ出す能力が占いの価値を左右する、という。これは作劇論なのかな、と思う。

 わたし、死んだと思うんです。という台詞で始まり、終わる。
 占い師のいる部屋からは明るい海が見えるらしい。だが海と陸のあわいである渚に目を閉じて横たわり、夜と昼のあわいである黄昏を(見るのではなく)感じている気分だった。

 個々の女の物語もそれぞれに面白い。
 ジュスティーヌが助けを求めた僧侶が実は必殺仕事人で、悪人どもを一瞬にして抹殺する、という展開は、少し前にみた同じ作者の別の一人芝居、怪人二十面相のうそのような超人的能力を連想させた。

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