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ゆうひかげ 松岡永子
 時代は江戸から明治に移る。
 大阪ごまめ堀の目明かしお糸はいち早く所属を町奉行所から新政府の警察に変えている。ただしやることは以前と同じ。
 堀に首なし死体が浮かんだ、という噂を殺人事件と決めつけ功を焦る田舎者の新米巡査をおだてながら、迷惑なことだ、と首をすくめている。

 一本柳のお糸シリーズ。
 父親が中風になったためしかたなく家業の目明かしをやっている。治安を守り正義をおこなうことが使命、などとは露ほども思わず、付け届けをいかに多く得るかに腐心する。小悪党を自覚し、一攫千金をねらうような身の程知らずの野心も持ってはいない。
 彼女の基本スタンスは、政治の中枢が江戸幕府から薩長中心の明治政府に移っても少しも変わらない。
 ただし、新政府になってからは事件に点数がつけられノルマが課されるようになった。数字として表れる、目に見える結果だけを求められる。世の中はいっそう世知辛くなっているのかもしれない。

 堀に架かる橋は町内の人が管理している。堀に沈んでいる死体を探すのも町の人間だ。
 経費や労力を進んで負担するのは、それが共同体の主要人物であるという証拠、名誉だから。
 堀ばたに見せ物小屋を掛けている興行師は十年住んでいても共同体からは住民として認められない。小屋もいつでも立ち退ける仮建築しか許可されない。

 甘味の店を構える若者は、牛乳を使ったドーナツやクッキーなど、新商品を開発しては売り出し、繁盛しているようだ。大阪ではじめての菓子、と新しいもの進歩的なものにこだわる一方、町内の古いしきたりにも従順。共同体の一員として認められることを望んでいる。
 彼の野心は、向上心、と呼ぶのがふさわしいような健全なものだ。まさに、期待される若者像。ただし、彼も正義など求めてはいない。お糸のたかりに進んで饗応する。長いものには巻かれろ、と心得ている。
 彼は、店先で他人の施しは受けないと悶着を起こした武士が、翌日子どもを道連れに一家心中したことに心を痛めながらも、侍のやることはわからない、と思っている。

 屋台の焼鳥屋を兼業している三味線弾きの男は、ゴミの捨て方など、町内のしきたりをわざとやぶる。演奏家としては十分な実力を持ちながらも、有力なコネや引きのない彼はふさわしい評価を受けられないでいる。
 ある日、呼ばれた座敷で政府高官の自慢話を聞くことになる。政府軍に協力しなかった小藩の城下町を行き当たりばったりで焼き払ってしまい、それを巧名として政府内での地位を手に入れた、という話。
 三味線弾きが武士であることを捨てたのは、その城下町の大火で妻子を失ったからだ。身分も過去も、すべて捨てたつもりになっていた彼だが、目の前に偶然現れた仇に心乱れる。

 甘味屋常連の質屋の若い女房。実家は士族だったが金に困って年寄りの質屋と結婚した。陰口をたたかれ村八分にされるなか、噂どおりわたしは財産目当てで結婚したのよ、と開き直ってみせる。現実的な言葉の一方で、男前の甘味屋主人とのロマンスを一方的に夢みるようすはただごとではない。
 彼女が夫を殺したのは、DV被害者が夫を殺してしまった、という今も昔もよくある話。
 切り落とした首を隠しておいて、傷つけてはこれまでの腹いせをしていた、というのが常軌を逸しているといえるだろうか。

 シーンとシーンの間、舞台の照明が消える一瞬、意識が今に引き戻される。野外劇場の上、大阪の空は夜でも明るい。闇は舞台にわだかまっている。

 はじめての殺人に逡巡しながらも、何もしてやれないまま死なせてしまった子どものことを忘れられない三味線弾きは、酒宴からの帰り道で高官を襲う。

 凄惨な殺人の場面と二階座敷での芸妓の舞が平行して交互に演じられる(映画ならばカットバックで入れるシーンか)。それが効果的で、単純に残酷なシーンにはならない。芸事は一朝一夕には身につかない。これだけ舞える人が劇団にいるということは心強い。

 高官を殺したことでテロリストとして追われる彼は町の人たちに追いつめられ、何が何でも出世を狙っている巡査に斬られる。接待の席で酒乱のため高官の不興をかい、西南戦争の最前線に送られるはずだった巡査は、高官の死によりかえって出世の糸口をつかむ。
 他人を踏みつけにして甘い汁を吸おうとする野心家、その中で偶然に恵まれた者がのしあがっていく。人は変わってもその構造は変わらない。

 ごまめ堀で起こった猟奇的な事件。首なし死体や高官暗殺、そして話の中に出てくる一家心中など、今回の「わけのわからない事件」を起こしたのはみんな、士族であり、時代に変化に振り落とされた者たちだ。
 彼らはまだ江戸時代に心を残している。
 ほんとうに過去を捨てたのなら、仇討ちなどする必要はない。財産目当ての結婚なら、もっと上手にわたっていけたはずだ。
 彼らは決して正義ではない。だが口で言うほど冷徹でもいられなかった。
 わざわざ捨てるほどの過去もない平凡な人間には、失ったものにしがみつく者の心情ははかりがたい。

 過渡期、変動期には猟奇的な事件、わけのわからないできごとが起こるのだ、とマスコミが言う。そう言われると何かわかった気になる。わかった気になると、それ以上深く考えることも知ろうとすることもない。
 お糸のいうとおり、ひとは真実になど興味はないのだ。
 夕陽の射すなか、目は闇に届いてはいない。一番冷静な観察者のお糸も闇を見きわめているわけではない。ただ、目が届いていないということだけは知っている。

 相変わらず舞台美術、小道具の細やかなできはすばらしい。公演後、映画セットのような美術の中を案内してもらっている人もいた。客席からは決して見えない角度に張られているポスターや広告。観客に直接「見せている」部分以外にどれだけの労力を注いでいるか。これは芝居をやる者の誇りの問題だろう。

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