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はじまりのリズム 松岡永子
 物語はいきなり主人公の交通事故死から始まる。
 会社帰り、残業つづきの疲労のためぼんやりしていた彼は車にはねられてしまった。
 彼には少し年上の妻ともうすぐ生まれてくる子どもがいる。子どもが生まれるのに職を失うわけにはいかないと、無理をして疲れていたことが車をよけられなかった原因かもしれない。夫婦と子どもとの穏やかな生活のために努力して、結果、その生活を永遠に失ってしまった。

 ストーリーだけを書くと暗くて重い芝居のようだが、舞台の雰囲気はまったくちがう。むしろ楽しげで軽やかだ。ダンスもへたなアイドルグループよりうまい。
 なにより、レースやフリルでいっぱいの衣装は実に可愛らしく、舞台装置もふわふわのパステルカラー。ぬいぐるみや絵本に近い手触りがする。

 妻は部屋に一人でいる。
 彼女は泣かないし、大きな声も出さない。話すときもとても穏やかだ。
 訪ねてきた女友達は、彼女が妊娠していると聞くと、子どもは二人で育てましょうといいだし同居を始める。
 ソーシャルワーカー、カウンセラー、シングルマザーの先輩など(すべて女性)、彼女の周囲の人たちは皆、彼女を大切に思っている。

 彼がいなくなってからニュースを見るのはやめた、だって嫌なニュースばかりだから、と彼女はいう。
 外の世界に怯え目を閉ざしている彼女は、食べ物(これも自分の外から入ってくるものだ)の味を感じなくなるくらい外部に対して拒絶的になっている。
 なんとかして早く元気にしたいと食事を勧める友達を、カウンセラーはやさしく諭し、彼女の気持ちを待とうとする。

 見ないようにしていても部屋の外のざわめきは伝わってくる。戦争、テロ、不況、環境汚染…
 こんな世界に子どもを産みだしていいのだろうか、と彼女は不安を口にする。
 それは、彼がいなくなったから生まれた不安ではない。正常な神経をして、現代社会に生きていれば誰でも抱く不安だ。ただ、彼と二人で越えていくはずだった不安を、今の彼女は一人で負っている。

 子どもはこの世に生まれ出たがっているのだろうか。それとも生まれたくなどないと思っているのだろうか。
 産声はこの世に生まれてしまった絶望の声だ、というのはよくある言説だ。しかしチルチルとミチルが出会った生まれる前の弟は、自分が生まれてすぐに病気で死んでしまうことを知っていて、生まれることを楽しみにしていた。
 そのころ自分が何を考えていたかなんて憶えていないので、ほんとうのところはわからない。

 彼女の衣装には仕掛けがあって、おなかのところでまあるい灯が点る。おなかの中に鳥籠があってそのまん中で光が眠っているようにみえる。
 子どもは今、やさしい肌触りのへやで眠っているのだろう。母親である彼女も、今はパステルカラーのやさしい手触りの部屋の中で休んでいる。おとながぬいぐるみのようなやさしい感触を恋しく思うのは辛いときだ。この部屋が特別やさしいのは、彼女が今とても辛く、そしてそのことを理解してくれる人たちがいるからだ。

 一方彼は、先輩幽霊(?)の紹介で霊媒師に会う。彼女は昼間カウンセラーをやっている兼業霊媒師。
 彼女を励まし元気づけてあげたいと思っている彼は、伝えたい言葉があれば、といわれ、言葉では何もいえないことに気がつく。
 霊媒師は、それなら直接彼女に会うしかない、人類のふるさとアフリカへ行け、という。

 アフリカ、というのは母なる大地ということだろう。思案や作為を捨て、「本能」の方へと退行していく彼はアフリカへたどりつく。そこは心の深い部分であり、他の人の心とつながっている場所だ。
 そこでの彼と彼女の出会いのシーンは結婚式のようで、とても美しい。
「いつかそっちに行くから、また会おうね」と彼女は別れを告げる。

 うたたねしている彼女を見て友達が呟く。わたしは一人ではいられなかった、あなたがわたしを助けてくれてるんだよ。
 友達にも友達の事情がある。

 目が覚めた彼女は何か食べたいといい、友達と一緒に楽しげにメニューを考え始める。
 キッチンには、妊婦さんには鉄分が必要だから、とみんながそれぞれに持ってきてくれたひじきがいっぱいある。

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