log osaka web magazine index
WHAT'S CCC
PROFILE
HOW TO
INFORMATION
公演タイトル
パフォーマー
会場
スタッフ・キャスト情報
キーワード検索

条件追加
and or
全文検索
公演日



検索条件をリセット
回りめぐる祭と人生 西尾雅
靴を脱ぐ劇場入口に鳥居を建て、中を境内の一角に見立てる趣向。開演前から既に淋しげな田舎の夜の風情が漂う。村祭が終わってすぐ、祭を支えた面々が三々五々集まっての掃除後片付けがそのまま二次会に発展。Uターン組とずっと田舎を離れられない者の差、故郷に対する思惑の違いが浮き彫りになる。

片隅に祀られた分社、中央におつまみお酒置きに手頃な大石があるだけのシンプルな舞台。祭がなければ静かなこの境内に年の一度の賑わいが戻る、その余韻覚めやらない今夜。みな昔なじみなれど、普段口に出せない思い、本音がこの機に漏れる。同郷出身の夫と故郷に戻るが、都会の仕事に未練残す渡辺の妻サンコ(小栗)、逆に田舎に残り村興しに奔走する床屋(関川)、あるいは村唯一のスーパーを切り盛りする村山夫婦(吾郷、冨永)。村一番の秀才ゆえイジメにも遇い一度は都会へ出ることも考えた君江(江口)、サンコの弟で屈折した思いを抱く哲也(山田)。

都会はあこがれ、成功を約された場なのか。夢破れ傷つく幻の地ではないのか。田舎こそ疲れた彼らの戻る所、癒しの場なのか。田舎の方こそ若者が減り、年寄を抱えて疲弊しているのが実態ではないのか。立場異なる彼らの思いが交錯する。田舎生まれの彼らは、人口減ゆえのやむない廃業と、年老いた親をやがて面倒見なければならない不安を口にする。その悩みは、けれど田舎だけのものではない。今や都会も不況リストラに襲われ、親は必ずわが子より先に老いるのだから。

希望は、おそらく村山の妻の大きなお腹にある。年寄りはいつか亡くなるが、新たな命もまた村に宿る。祭が終わっても、また来年の準備が始まる。祭と同じく、少しずつ何かが変わり、変わらず続く何かはある。そもそも、今夜は祭の締めくくりなのか、次の祭の準備の開始なのか。一年の周期も、生まれ死ぬ人の一生も、都会と田舎を還流する人の流れもいわば堂々巡り。石の周囲を法被着てぐるぐる踊る彼らのように。ならば、悩みつつ、せつないながらも、ひょうひょうと生きよう。いつもおどけてみせる渡辺の夫(杉山)は、実は全身でそう訴えている。

女性作家らしく登場人物全員に気配りされ、それぞれの思いがていねいに書き込まれる。プロデュースらしからぬカンパニーのまとまりがそれを支える。とりわけ、小栗は自身の作品と見まがうばかりに役に溶け込む。新聞等の女性欄で日常を斬新な視線で捉えた投書エッセイにしばしば感心させられるが、自分を確認する視座に共通性がある。作品タイトルは、人生で立ち止まることあろうとも祭に元気づけられ、また歩き始める自身への励ましと感動をさすのだろう。

キーワード
■癒し
DATA

TOP > CULTURE CRITIC CLIP > 回りめぐる祭と人生

Copyright (c) log All Rights Reserved.