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宇宙と運命と恋愛の合理的でない法則について |
西尾雅 |
客席で四方が囲まれた舞台。木製の格子パネルを貼った楕円形の床に、小さな丸いテーブル、天井を覆う白い布。出演者が自分の椅子をそれぞれに持ち寄るプロローグ。宇宙船スタッフの会議室にハイテク未来感はなく、懐かしいウッド調。四隅の出入り口が食堂や栽培ラボなどに通じる。船長室への通路にはパイプが1本立つ。舞台と客席の間に敷き詰められた白い玉石は漆黒の宇宙にまたたく星々、それとも空気もない無の空間を意味するのか。 近未来の日本では貧富の差や食料不足、人種問題はさらに深刻。宇宙ステーションへの輸送を請負う民間の宇宙船も船内での野菜生産が貴重な業務。航海もほぼ終わり、地球への帰途につく乗組員にニュースが飛び込む。クーデターにより政権は倒れ、共産主義政府が樹立される。旧体制の大企業エリートで旧政府寄りの彼らは、帰国して身に危険が及ぶことを怖れ、いっそ亡命を考えるが、残された家族を思い踏み切れない。宇宙の中で孤立したまま、減りつつある燃料をにらんで決断が迫られる。 宇宙船の中という閉鎖空間を、現代日本の縮図に見立て戯画誇張する。愛を素直に認めることができず、相手をイジメてしまう船長(木村)。美男美女に生まれたのが逆に悲劇、愛を告白されてもどうせ外面にこだわってのことと人間不信に陥る船長補佐(佐伯)と飛行士(駒田)。栽培班の姉妹(中村、金田、織田)全員に手を出すだけで済まず、同僚の女医(山本)をも口説く多情な医師(林)。が、潔癖症が過ぎてまだ処女の女医は彼を拒否する。栽培班姉妹の淫乱な行動と自分への過干渉は、男女差別され育った家庭環境にあると弟(岡嶋)は思う。父親の娘冷遇が姉妹のファザコンを育て、弟を父の代償にしているのだと。 他人にはこっけいな笑い話が本人には深刻な事態。愛する不安をイジメに転化するのはよくある屈折表現で、本人は迷惑だが周りは苦笑するしかない。姉妹の弟への干渉や挑発は、父親に叱って欲しい(甘えたい)願望の表れ。生真面目な性格で人と接触できない女医もありがちで、キスも不潔と拒否してきた彼女を可哀相だがつい笑ってしまう。が、人は多かれ少なかれ極端な何かを持ち合わす。誰からもうらやましがられるはずの美男美女ですら、内面で判断してもらえない(と思い込む)悩みを持つ。あげく最も不細工で太った神父(F)に恋をする。女好きの医師は、資本主義の欠陥を認め、共産主義を礼讃する。が、彼の唱える平等の思想は、どの女にも振りまく愛の言い訳に聞こえる。本人の深刻な悩みは、他人にはほとんど笑い話にしか過ぎない。 人が人を好きになるのに理屈はいらない。美男美女の父母が互いの浮気を警戒して喧嘩絶えなかった反動で、イケてない神父に恋したと告白する船長補佐。船長は、可愛がってくれた祖母の雑巾がけを記憶する。娘を愛さない父への思慕こそが栽培班姉妹の抱える家庭環境のトラウマ。人の求愛行動は、成長期を分析することでいちおうの心理的説明がつく。が、なぜその人を好きになったのか結局のところわからない。人は常に理性で行動するわけではないからだ。 船長にイジメられることで愛を確信し、そして自分も船長を愛してしまった料理係(豊島)は「大変なことをしてしまいそう」な自分に脅える。1回限りの航海で次に船長と再会するチャンスもなく、妻帯者の彼との結婚もかなわない。孤立し追いつめられた彼女は発作的に、操縦機器にさわってしまう。通信も断たれ、船は地球に戻ることもできなくなる。それは、共産主義政権に賭けるか亡命か迷い続けた彼らに代わり、彼女が別の決を下したことを意味する。人は常に理性で動くわけではない、理屈で人を愛することができないように。人はときに絶望すらも自らに課す。 問題は、人が人の過ちを許すことができるかどうか。否応なく全員を引きずり込む自殺行為に神父までが彼女を許すのをためらう。死の苦痛をやわらげるため自殺の薬が配られる。それを手に全員が輪になる。キスもしないで死ぬんですかと嘆く女医に、事件を起こした料理人が唇を寄せる。潔癖症で人と接することが出来なかった人間と、罪を犯した人間が触れあう。神に許されずとも、彼女らは今、自分たちで許し合ったのだ。 出来の悪い栽培班の弟は、姉たちの言いつけを守らず、食料以外に観賞用の花を育てている。限りあるスペースの宇宙船内で無駄とされてきた一輪の花が、死を目前にした乗組員たちを癒す。何が不必要で、何が必要なのか。資本主義がいいのか、共産主義がいいのか。人は必ずしも合理的に判断できるわけじゃない。思い通りにならぬ愛に翻弄され、人は傷つく。自分の心こそ、永遠に未知の宇宙。孤独であるからこそ触れあいを求め、未知の世界へ旅に出る。永劫の宇宙の長さに比べれば人の命などわずか。その刹那の愛しみ、セミが鳴く夏の短さに喩える。そのせつない想いは一瞬に燃えあがり、消え去る情熱を喩えた前作「火花みたいに」と同じ。この瞬間を精一杯燃やす。それをやさしさと作者は呼ぶ。
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