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今も現代を告発する戦争裁判 西尾雅
アメリカが駐留するイラクでのアメリカ軍の死者数は、イラク戦争中を上回って今も更新し続け、新たなテロで民間人の犠牲も増えている。ブッシュは早々と戦争終結を宣言したが「戦死者」は現実に増え続けている。戦争は止められない人間の性なのか、復讐が新たな復讐を呼ぶ悲劇は未来永劫続く私たちの業なのか。50年前のニュルンベルク裁判がまったく古さを感じさせず、同じ問題を抱え現代に迫っていることに驚く。

戦争中ナチスに加担してユダヤ人虐殺に手を染めた法律家たちを裁いた同裁判を基に、進行する裁判と裁判のためにニュルンベルク滞在中の判事の日常身辺が交互に描かれる。引き受け手がないためアメリカの田舎判事ヘイウッド(中嶋)が、事実上法務大臣でもあった著名な裁判官ヤニング(鈴木)被告を担当するはめになる。ナチスを嫌い、リベラル派でもあったヤニングが、なぜ無実のユダヤ人をガス室送りにしなければならなかったのか。国家の意志に屈せざるを得なかった個人の哀しみや限界が浮き彫りになる。

舞台背景の壁一面に椅子が並ぶ。ひとつひとつデザインの異なる椅子は、ひとりひとり別の人格を持つ人間を象徴し、昨日は他人を裁いたヤニングが今日は裁かれ、被告席に座る皮肉を意味する。それは人に人を裁く権利があるのか、戦争の勝利者が裁判で敗戦国を裁くのが正義かという根本的な問題をも提示する。が、現実に戦争は多くの悲劇を生み、その責任を誰かが負わねばならない。

ユダヤ人収容所を最初に発見したアメリカ軍パーカー大佐(木下)は虐殺を世界に知らしめるとの信念に燃え、告発の検察官を勤める。弁護士ロルフ(今井)は法曹家ヤニングを尊敬するあまり、テクニックを駆使し証人を傷つけてでも被告の有利に持ちこもうとする。ヘイウッドが泊まる宿舎は、既に先の裁判で戦争犯罪人に処せられたベルトルトの所有だったもの。偶然出会ったベルトルト夫人(塩田)やベルナルト家時代から続く召使から戦争中のドイツの様子をヘイウッドは聞く。秘密裏のゲシュタポの犯罪を一般のドイツ国民が知りえたはずもないという弁解やヒトラーの非礼に立ち向かったベルトルトの勇敢な逸話で、素朴で親切な彼女らドイツ人と国家挙げての狂気の所業がどうしても結びつかない。

それは温厚で高潔なはずのヤニングが下した犯罪的な判決と同じ。国家というプレッシャーが、狂気を正義と信じさせる。善良なユダヤ人を有罪にせねばならぬ政治の流れにヤニングは負け、それを恥じた彼はいっさい弁解せず、裁判で沈黙を守る。ヤニングの沈黙を破らせたのは、使命感ゆえに必要以上に証人を圧迫する弁護士の行動。信じるものを守るために他人を追いつめる、それはナチスと同じとヤニングは諭す。その過ちに嵌ったことをヤニングは悔い、弁護士を非難して自分の弁護をも拒む。

裁判の行方にも圧力がかかる。しだいに東西の冷戦構造が本格化するや、ドイツを対ロシアの防波堤にしたいアメリカは、ドイツ国民懐柔のために一転して無罪判決に持ち込もうと画策する。政治的圧力やベルトルト夫人らとの友情に悩むも、ヘイウッドは良心に従いヤニングを有罪と断じる。時代の流れに抗した潔さを、被告ヤニングは逆に賞賛する。

人はつい流され、見失う。連行されるユダヤ人をドイツ人は見たはず。収容所で大量殺人されると知らずとも、連行先を心配しなかったはずはない。ユダヤ人の悲劇を保身のために見過ごしたと言われても仕方ない。ヤニングが無罪のユダヤ人を有罪としなければ、ヘイウッドのように圧力に屈せず判断を下していれば、あるいはユダヤ人虐殺の行方も少しは違っていたのかもしれない。そんなささやかな勇気が試されている。

けれど、劇の最後に歴史の皮肉がテロップされる。ニュルンベルク裁判で有罪に処せられ、無期判決を受けた被告のほとんどは、すぐに恩赦で釈放される。東西冷戦が加速した現実が、早々と過去を葬り、忘れさせようとする。人はすぐに忘れる。そして、同じ過ちを繰り返す。あれから50年を経た今もなお。

キーワード
■戦争
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