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言葉、言葉、言葉 松岡永子
「ディプレッション」とは低気圧や窪みを意味する言葉。それぞれにへこんでいる人たちが雨に降りこめられて出会う。ドラマチックなできごとは別に起こらない。ではこの世界は日常と地続きか、というと全然ちがう。この世界は意味で満たされている。
 日常生活の中では、言葉は、その内容よりもやりとりしたという事実が重要なことがある。あいさつメールなどはその最たるものだろう。この芝居の中の言葉はその対極にある。ひとつひとつの言葉はすべて内容を持ち、意味に満ちている。

 劇場内に散在する客席。出てきた役者たちはその間にばらばらに立つ。立ち上がると登場、かがむと退場。コーヒーカップなどの受け渡しも、位置からは動かず、その場での動作だけで表す。この演出は特設カフェで上演した初演時と同じ。一幕め(幕はないが)劇場跡に作られた喫茶店の中で、観客は、空席に座る劇場の亡霊、という趣向。

 雨宿りのためにとびこんできた人たちにコーヒーを振る舞う男。要領を得ない彼の話をまとめると。
 ここは閉館された劇場跡に、その機材を利用して思い出のために作られた喫茶店だった(初演はちょうどOMS閉館の頃だった)。空席にはハムレットやロミオなど、劇場の亡霊が座っているのだ。今では喫茶店も閉店し、店を作り営業していた父親も死んでしまった(本当は失踪)。
 とびこんできた人たちは。
 迷子になった犬を探している女。恋人と一緒に育てた犬を失うことは恋人との関係を失うことのようで不安でたまらない。だから一年たっても犬を探し続けている。
 失業して、同棲していた彼女にも去られた若い男。
 彼がビデオを借りっぱなしにしているレンタル店の店長。あまりはやらない店を切り盛りしている彼女は親会社の社員と不倫している。
 最後に入ってきた男。彼は不動産屋社員であり、立ち退きの通告に来た。

 二幕め、半年後。建物が取り壊された跡地。
 別に用事はないけれど集まらないか、という若い男の提案で、雨の日と同じメンバーが集まる。
それぞれが自分について語る。別になにも解決しない。
 女はまだ犬を探している。今ここに犬が飛び込んでくるという奇蹟を想い、それについて語る。
もちろんこの世に奇蹟などは、ない。
 不動産屋は転勤らしい。アルバイトを始めた若い男は不倫関係に疲れている女に一緒に暮らさないかと言う。何かが動き始めてはいるらしい。

 不動産屋の中村大介がいい。初演時の門田剛よりもいい。わたしは語りたい、と全身で叫んでいる門田剛よりも、言えないことも言わないことも確かにあるのだ、という諦念を感じさせる中村大介の方が役柄にふさわしいのだと思う。
 不動産屋はここが劇場であった時代を知り、喫茶店であった時代を知り、父親の居所を知っている。登場人物の中で最も多くの情報を知り、けれど最も自分の核心を語らない。彼の鬱屈の原因は仕事にあるのだろうと思うが、具体的には語られない。不動産屋などしていると思いがけず他人の秘密を知ってしまう、とは言うが、その秘密は言わない。
 言わずにすますこと、言えなくなって口をつぐむこと、と、秘めて語らないことは違うのだ。言いたいことがあるならはっきり言った方がいい。言わないつもりなら思わせぶりはやめた方がいい。

『あかとんぼ』『家路』『山賊の唄』『雪山賛歌』
劇中で歌われる歌はすべてフルコーラス。ちょっと長いのでは、と訊ねたところ、「『雪山賛歌』は歌詞全体で見えてくるものがある。一部分をピックアップすると、音楽がただの効果になってしまう」という答え。
 この発言に作家の考えが端的に表れている。「音楽」を意味として取り扱う。
まして「言葉」は。
すべて意味を持っているのだろう。

 初演と比べるとすっきりした印象。どこが変わったのかわからなくて、これも作家に訊ねてみた。
「構成などはほとんど変わらない。台詞はむしろ増えたくらい。ただ、暗示にとどめていたことをはっきり言うようにした」とのこと。

 言葉が多すぎる印象はある。けれど、言いたいことがあるならはっきり言った方がいい。語りたいことは全部語ってしまった方がいい。言いたいこと、言うべきことを言い尽くして沈黙した、その向こう側。
表現することは、たぶんそこにある。


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■再演博覧会
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